吉川三国志読書記録2025 りょう99@笠原良太(かさはらよしたか)
三国志全10巻 吉川英治著 新潮文庫 読破
吉川三国志を読むのも25回目くらいになりました。
下から書いています。
■2025年8月16日(土)
「三国志 十 五丈原の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
もう何度も書いたので同じことの繰り返しなのですが、
諸葛孔明と司馬懿の決戦の10巻。
はじめて司馬懿が出てきた戦いで孔明は敗れ、
泣いて馬謖を斬った。
馬謖は要道を守れといわれたのだが山の上に陣取ってしまい、
司馬懿に水の手を切られ負け戦となってしまった。
そこが敗れると総崩れとなり司馬懿は孔明の本陣まできた。
孔明のまわりには弱兵が2千人くらいいただけである。
孔明は四門を開け広げ、門の上で琴を引いていた。
司馬懿は何かはかりごとがあるのかと疑い退却してしまった。
後で司馬懿は言った。
「我勝てり、併しついに、我孔明に及ばずであった」っと。
その後の司馬懿の活躍はあまりなかった。
動けば孔明に謀られるので守りに徹して戦わなくなった。
孔明は司馬懿に女性の服を贈った。
おまえは女性のようではないかと。
その使者に司馬懿は孔明の様子をきいた。
激務をこなし少しの食事しかとらないと聞くと
司馬懿は孔明の命は長くないだろうと見抜いた。
星を見て孔明がしんだと見抜いた司馬懿は総攻撃をかけた。
しかし孔明は現れた。
司馬懿はびっくりしてどこまでもどこまでも逃げていった。
後で聞くとその孔明は木像であった。
やはり孔明はしんでいたのだ。
しせる孔明、生きる仲達を走らすっという言葉が生まれた。
泣いて馬謖を斬る、っという言葉は
眼をかけていた部下の首を切るときなどに使われるようになった。
■2025年8月11日(月)
「三国志 九 出師の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
魏と呉両国に攻められて関羽も最後となった。
関羽が魏と戦っているすきに呉に荊州城を落としてしまった。
関羽にとどめをさした呉を劉備は恨み呉に宣戦することになる。
その前に曹操も様態が悪くなっていった。
関羽の霊でも祟っているのかと思われた。
また華佗にもみてもらうが治療法に怒って曹操は華佗をころしてしまった。
脳手術をするということだった。
また左慈という仙人みたいな人に祟られたり、
梨の木の精にも祟られた。
追に曹操も亡くなってしまった。
劉備は関羽の仇の呉に攻め込んだ。反対した孔明はおいていった。
占い師に見てもらったのだが、
絵を書いては破り書いては破り最後に寝ている人の横に立ってる人の絵を書き、
そこに白と書いた。
白帝城(永安宮)で孔明が劉備をみとっている絵だった。
劉備は呉に攻め込んで連戦連勝ですごい勢いで長江を下って行ったが、
陣が伸びすぎて中核を崩されると全滅してしまった。
劉備は白帝城に引き上げそこを永安宮と読んで
この負け戦に恥じて再び蜀の国へ帰ることがなく孔明に遺言して亡くなった。
孔明は呉と同盟しなおし危機を乗り切ると南蛮を制圧した。
南蛮王孟獲を七度捕まえ七度放し、孟獲は心から詫びて王化に服した。
孔明は出師の表をかかげ魏に攻め込もうとする。
■2025年8月6日(水)
「三国志 八 図南の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
魏と呉で戦った赤壁の戦いのすきをついて荊州を手に入れた劉備。
益州、蜀の国をとったら荊州は呉に返すと約束する。
荊州を足がかりに蜀の国を取った劉備は、
曹操も破り漢中も手に入れ劉備は漢中王となる。
それでも荊州は呉に返さない。
魏と呉は考え直した。
魏と呉が戦って得をしたのは劉備ではないかと。
魏と呉は同盟を結び荊州を取ろうとする。
荊州は関羽一人にまかされていた。
関羽があぶない。。
■2025年8月1日(金)
「三国志 七 望蜀の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
天下三分の計。
すでに中国の三分の二を制してしまった魏の曹操。
呉の地盤を抑えた孫権。
ここで孔明が打ち出した案は天下三分の計であった。
劉備は荊州を起点にして益州、蜀の国を取り、
魏、呉、蜀と天下を三分する計である。
劉備は五斗米教の張魯から益州を守るためと称して益州に入っていく。
■2025年7月30日(水)
「三国志 六 赤壁の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
赤壁の戦い。
北方の袁紹を滅ぼし中国の半分を制圧した曹操は荊州も領する。
劉備の軍師孔明は曹操の魏と孫権の呉を戦わせるため単身呉に下る。
魏と呉を戦わせることに成功した孔明は呉に有利な東南の風を祈る。
ついに呉に有利な東南の風が吹いてきた。火責めだ。
呉の周瑜に危険視され害そうとされた孔明だったが無事劉備の元へ帰っていく。
赤壁の戦いがはじまる。
曹操が敗れて曹操の天下統一の望みはついえることになるのだが。
この赤壁の名にちなんで長瀞の荒川沿いの岩畳あたりの岸壁が秩父赤壁といわれているらしい。
前にも書きましたが。。
■2025年7月29日(火)
「三国志 五 孔明の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
三国志の前半の主人公が劉備か曹操かはともかく、
三国志の後半の主人公は諸葛亮あるいは諸葛孔明である。
三国志の後半から戦闘が一新して軍師の兵法が主流になってくる。
チュートリアル的な徐庶の兵法からはじまり孔明の登場となる。
曹操は袁紹を滅ぼしすでに天下の半分を制したが、
劉備は三顧の礼でやっと孔明に会うことができた。
臥龍、鳳雛一人でも得れば天下は掌(たなごころ)にあろうといわれる。
臥龍が孔明で、鳳雛がホウ統である。
天下の半分を制した曹操と孔明一人を見いだした劉備のどちらが良いか
っといわれるほど孔明の存在は大きい。
孔明の出現によって胸が躍るほどに三国志がおもしろくなってくる。
ここからがまた三国志のおもしろいところです。
■2025年7月27日(日)
「三国志 四 臣道の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
吉川三国志は劉備が母に茶を買おうと思って
黄河のほとりで洛陽船を待っている所からはじまり、
張飛と出会ってまた関羽とも会い桃園の義から始まるわけですが
私はずっと劉備が主人公だと思っていました。
仁徳のある劉備みたいな人になりたいとずっと思っていました。
しかし劉備みたいにしていると人にバカにされたり騙されたりしました。
曹操みたいにしていないと今の弱肉強食の資本主義の中では
世の中を渡っていくことができませんでした。
曹操は悪役だとばかり思っていましたが
解説などを読むと三国志の主人公は曹操で、
孔明が現れると孔明に主人公の座を渡しますっと書いてあります。
世の中を渡っていくには人を蹴落としてでも
うまく立ち回っていかなければなりませんでした。
私は眼が悪かったり背が小さかったりして人生からドロップアウトしてしまいました。
今でも私は曹操より劉備みたいになりたいと思っていますが。。。
■2025年7月25日(金)
「三国志 三 草莽の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
三国志で一番強い武将呂布。
初期のコーエーの三国志のシミュレーションゲームでは
呂布の武力が100。関羽と張飛の武力が99だったと思います。
コーエーの三国志の凄い所は武将の武力、知力、魅力などが
すべて数値で表されている点。
戦闘で強い武将をよく使うので強い武将は自然に覚えました。
また知力が高い武将は軍師とかになるのでそれも自然に覚えた。
20代頃に三国志のシミュレーションゲームをよくやっていたので
ゲームをやるのがメインで吉川三国志をよく読みました。
30代頃から三国無双が出て三国志の世界がよくわかった気がしました。
三国無双や戦国無双などでかっこいい武将が動き回るので
この本の表紙をはじめかっこいい武将が広まりました。
すべてコーエー様、シブサワコウ様のおかげです。
■2025年7月23日(水)
「三国志 二 群星の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
吉川三国志は1939年から1943年にかけて新聞で連載が始まった。
第二次世界大戦が始まった頃に三国志が書かれたことは
かなり興味深いことだと思っています。
吉川英治は1937年に毎日新聞社の依頼で中国を見てきた。
日中戦争のさなかで従軍記者として中国に行ったことで
三国志を書く上で大きなことだったろうと思う。
1800年前の戦争と近代の戦争がどうリンクするかはわからないけど
吉川三国志が戦争時代に書かれたことはやはり興味深い。
私は世の中で三国志が一番おもしろい小説だと思っています。
■2025年7月22日(火)
「三国志 一 桃園の巻」 吉川英治著 新潮文庫 読破
吉川三国志では、黄巾賊にからまれた劉備を張飛が助けてくれて、
すでに張飛と関羽は義兄弟だったので
新たに劉備、張飛、関羽は桃園で義兄弟の契りを結びました。
年齢でいうと関羽が一番年上で次が劉備で次が張飛ですが
漢室の血筋の劉備が長兄となりました。
はじめは劉備を主君に仰ぎたいと関羽と張飛はいったのですが、
劉備はまだ一つの人徳も示さないうちは
まずは義兄弟の契りを結んでおきたいといったのです。
君臣の誓いは一国一城を持った上でっということにしました。
張飛はいいました。「ここにあるの三名。同年同月同日に生まるるを願わず、
願わくば同年同月同日に死なん」っと。
私は張飛が好きなんだが。