朝6時に目が覚めてしまった。ベットでうだうだしているとフロントより、食事の時間と、空港行きバスの時間を知らせる電話がきた。
まずは腹ごしらえと、食堂に行く昨夜より人数が増えて食堂はびっしりだ。私と妻は、中国人の団体と同席する。私たちに勧めてくれるのだが、彼らの食欲は旺盛で私たちの食べる分はあまり残っていなかった。
8時、迎えのバスが来た。我先に乗り込む。かなりぼろいバスで、背もたれが倒れてしまう。これから仕事に向かう人たちが自転車にいっぱい荷物を積みバスの脇を走っていく。たった今解体してきたと思われる肉の固まりを乗せている人もいた。
空港に着き、真っ直ぐに中国の旅行代理店事務所に行く。若い女性が一人だけいた。10人の怒れる日本人が突然現れたのだから彼女は驚いたことだろう。小田切さんと石川さんが代表になり昨日の顛末を説明し、今日も飛行機が飛ばなければ日程を変更してもらいたいと申し入れる。しかしこの女性では埒が開かず,電話で上司の方と話しをし一応飛行機は飛ぶ予定なので空港の中に入ることにする。
中に入ると、西安行きのカウンターは昨日にもましてごった返していた。三日分の客がそこに来ているのだ。小田切さんと石川さんの活躍で何とか今日の分のチケットを手に入れることができた。お二人さんには本当に感謝している。昨日と同じ待ち合いロビーに入るとまたもや遅れているとのこと。我々10人は協議をして15時までに飛ばないようであればここを出て旅行代理店の事務所に行きホテルの手配(昨日のようなとこではなく)と北京観光に変更してもらう,ということにした。
やはり,15時になっても飛ぶ気配が無い。こうなっては、事務所へ行き協議したことを申し入れるしかない。また10人が事務所に押しかける。先ほどの女性に我々の意思を伝え、まずは昨日預けた荷物を返してもらうことにする。この女性について行き、何と空港の内部に入っていく。ベルトコンベアーで荷物を移動させる脇をとおり、荷物を仕分けしているところで探せとのこと。我々が乗るはずだった、飛行機の便名のコンテナの中からやっとのことで各自の荷物を探すことができた。滑走路を通り,先ほどまで我々がいたロビーを外から見ながら事務所に帰ってきたのだ。日本では絶対できない体験をした。
それからが大変、石川さんがメインとなり今日以降のホテルと観光の変更を申し入れた。すったもんだの末、初日に泊まった”北京シャングリラ”に決まった。ホテルに送ってもらいチェックイン。そこでまた問題が送ってくれたガイドが,これから先の費用はお客が出してください、なんて言う。我々は色めきだった。何やら話がごっちゃごっちゃになってきた。石川さんと小田切さんは日本の旅行会社に国際電話をしたりと大変なことになってきた。そこへホテルの経理をしている,日本人女性の方の助けで何とか部屋を確保できた。 地獄に仏とはこのこと本当に助かりました。
部屋に落ち着き、ちょっとすると初日のガイドがみんなを食事に連れて行くと内藤さんから連絡が入る。小田切さんと石川さんは日本の旅行会社からの連絡を待つとのことでホテルに残ることにした。
連れて行かれたところは、北京友宜賓館の大きな中華レストランだった。疲れていて食欲が無い。すごい量の料理が出るが、皆さん箸が動かない。今日一日体力的にも精神的にも疲れてしまって食欲も出ないのだ。失礼だとは思いながらも、かなりの量を残してそこを出た。ホテルに帰って、小田切さん石川さんを交えてガイドと明日からの予定を協議する。 北京周辺の観光ということで事は決まり、当初の目的の兵馬俑を見るというのはあきらめた。
後数時間で今年も終わりである。私たちの部屋に小田切さん、石川さんを招き二人の労をビールでねぎらう。紅白歌合戦を見て、やっと年末であることを思い出す。
明日からやっと観光客らしい気分になれる。
しかし、疲れた二日間であった。