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待ちに待った治療の開始。苦しいことはわかっているけど期待でいっぱいだった。テレビドラマの中で、抗がん剤の副作用に悶え苦しむ姿を見たことはあったが・・・。第2章はアッサリと覚悟を決め、翌年1月20日まで続けられた抗がん剤治療の様子です。
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準備しておいた入院グッズを持って妻の運転で県立がんセンターへ。西6病棟、呼吸器内科の4人部屋だ。この病院は患部、治療方法などによって病棟と病室が分かれている。だから同室の人が自分とほぼ同じガンだと思うとある意味で心強い。聞くと、他の3人も肺ガンで化学療法。つまり抗がん剤治療だ。更に2人は放射線療法も併用していた。私の方は主治医がまだ出張中のため、ガンの状況や具体的な治療についてはまだ聞いていない。取り敢えずは検査が待っていた。
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主治医から検査結果と治療方法の説明があった。原発巣は右肺なのだが未確定。頚部と喉に飛び火したリンパ節腫脹があり、ガンの進行状況は3B期にある。他への転移はしていない。そこで、広範囲に効くよう抗がん剤で治療する。シスプラチンとジェムザールという抗がん剤を使い、1コース8日間の点滴投与を21日間隔で4コース行う。かなり厳しい副作用を覚悟してもらう。特に白血球と血小板の減少があり、抵抗力が落ちると命に係わる。・・・これを聞いて少し怖くなった。
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ガンだとわかってから2箇月も経った。でも、ついに1コース目の抗がん剤を投与。朝8時に始めて夜8時まで。昨夜の慣らしも加えたら約4ℓもの点滴なので、盛んに排尿に通わなければならない。その上、腎障害を防ぐため離尿剤が入ると、その間はトイレに行きっぱなしでベッドへ戻れないほど。これから起こりうる副作用を心配する暇も無く、トイレ通いで1日が終わった。明日からの7日間は2、3時間程度の点滴なので先ず一安心。
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ずっと吐き気に悩まされている。食欲は全く無くなって食事に手が出ず、アミノ酸系の点滴で補っている。食事を2、3口してもすぐに吐いてしまい、もはや胃液しか出ない。また、シャックリが出始めると止まらない。たかがシャックリと思ったら大間違い。寝ていてもベッドの上で飛び跳ねていた。これも副作用だそうな。シャックリ止めの薬を飲むと20分ほどで効くが、切れるのも早い。それに1日2回までしか使用できない薬だ。ほとんどは堪えて治まるのを待っている。
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何故か喉がかすれて声を出せない。咳払いもできずタンを吐くことすらできない。主治医に診てもらったら、喉のリンパ節が声帯付近の神経を圧迫しているという。一時的な症状で治療が進めば治るらしいが、声を失うのはことのほか不便だ。・・・間もなく夕食と思っていたら突然の大地震。6階にある病室は大きく揺れ、ベッドは私を乗せたまま激しく走った。震源地は新潟県中越地方でM6、病院付近は震度5との館内放送。夕食にあり付いたのは7時過ぎだった。
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