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Name | 稲[INA] |
| Sex | ♂ |
| Birth | Sep 1970 |
| Hometown | Toyota(Japan) |
| Work[Job] | Salaried worker
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| Fishing History | Apr 1996 |
| The place of fishing | Aichi/Nagano/Gifu |
| ■ F/F(Flyfishing)にはまった過程 ■ |
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【きっかけ】
フライフィッシングを始めるきっかけになった大きな根本は”結婚”である。
なぜ?と思われるかもしれない。結婚以前はバイク(オートバイ)に乗って
各地をツーリングするのが趣味でテントと寝袋でいろいろな所を廻っていた。
中部圏はもとより、四国、北海道などをツーリングしていたが、結婚する
少し前にバイクを盗難され、警察が見つけてくれたものの見事な族仕様に変身
していたので泣く泣く廃車とした。族仕様がどんな物であったか少し触れて
おこう。
まず、マフラーはチョッカン、ウインカーは全て無し、勿論ナンバープレートも
何処かに行ってしまい極めつけはライト。めちゃくちゃ高い位置にあった。
タンクの給油口はこじ開けられ、ヘンテコリンなステッカーが貼ってあった。
なんともし難い物であった。
【はじまり】
本題のフライフィッシングにのめり込む話に戻ろう。
結婚し、バイクを購入するするほどの資金もなく借りたアパート付近には
矢作(やはぎ)川とその支流の篭(かご)川が流れていた。私は幼いとき父と良く
篭川に魚を捕まえに行った事を思い出し、上州屋に簡単な釣り具と練り餌さを
購入しオイカワ釣りに興じる事にした。ところが練り餌さは川の流れですぐに
溶けて流れてしまう。どうした物かと思いつつもしばらくは練り餌で釣っていた。
そんな有る日、何処ぞの爺様がオイカワを爆釣しているので何で釣っているか
聞いてみると、なんと小さな毛針で入れ食いだと言う。私はすぐに上州屋に走り
ハヤを釣る小さな毛針が沢山ついた仕掛けを購入して実釣すると直に2,3匹
釣れるのである。歓喜してしばらく遊んだ。
しかし、あまり釣れすぎるので毛針は1本で良いと思うようになった。
そこで当初はテンカラ(和式毛鉤釣り)が頭に浮かび、再び上州屋に行った。
テンカラのセットを見ている時、フライフィッシングのセットが目に飛び込んだ。
どちらを買うか悩んだ。真剣に。そこでオシャレだと思ったフライフィッシング
セットを購入する事を決め嫁さんに言った。当時は子供もまだいなくて我が家も
ラブラブ状態であったので嫁さんがフライフィッシングセットを買ってくれた。
川は歩いて行けるし、嫁さんもたまに見に来ていた。
【はじめの釣友】
当時、同様にフライフィッシングに興味を持っていた”t”もフライの道具を購入
し、2人で短パン、ゴム草履でジャブジャブと篭川に入ってオイカワを良く釣った。
その時、小バスが釣れ、ブルーギルも釣れた。”t”は元々バサーでバスが釣れると
歓喜した。現在はバサーの王道に走り、アルミボートで琵琶湖を攻めまくっている。
【師匠:キャスティング】
そしてしばらくその篭川に通いつづけたある日、テンカラとフライの両方をやると
言うオヤジに会いキャスティングを少し教わった。そのオヤジは禁漁になったので
市内の川に作った毛鉤を試しに来ていると言っていた。その後は1度も会った事が
ない。(元気だろうか?)
【運命の再会(巡り逢い)】
上州屋通いも続いたある日、運命的な出会いがおとづれた。
幼稚園前から中学までずっと一緒であった幼なじみの浅さんと再会したのである。
大学から地元に帰り、市役所勤めをしていてフライを趣味にしていると言う。
勿論その場で一緒に釣りに行こうと言う話になり、私のトラウトデビューになった。
また、フライの作り方やshopなどいろいろと教えてもらい、益々はまって現在に
至っている。
そして今も浅さんとの釣行は毎月隔週ペースぐらいでつづいている。
2000年11月、浅さんもとうとう結婚し家庭を持ったがきっと今まで通り
一緒に釣行することでしょう。
【そして、、、】
釣り場も近所の篭川から矢作川水系では長野県平屋村、また木曽川水系の各場所など
少しずつ釣行場所も広がり、嫁さんのご機嫌を伺いつついそいそと出かける日々で
ある。
嫁さんは「しまった!」と思っているかも知れない。きっとそうだろう。(笑)
〜 the end 〜
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