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イリオモテヤマネコの保護
保護の歴史
イリオモテヤマネコが新種とされ保護の必要性が叫ばれるとともに、西表島では「イリオモテヤマネコの保護のために開発ができないのは困る」という声も大きくなっていました。
(イリオモテヤマネコ発見のいきさつについては「イリオモテヤマネコの発見」で概略を述べていますのでそちらをご参照下さい。)
それから紆余曲折を経て、現在では地元でもイリオモテヤマネコ保護の重要性が理解されるようになってきましたが、いまだに「開発か保護か」の折り合いをうまくつけるのは難しい状況にあります。
ここではその概略を述べます。
1965年、イリオモテヤマネコが新種とされてから、
1965/4/15 毎日新聞にイリオモテヤマネコは新属、新種と報じられる(今泉吉典) 学名がMayailurus iriomotensis 和名イリオモテヤマネコとなる 1965/5/5 大原中学の遠足 南風見田で弱っているイリオモテヤマネコ(オス)を捕獲、まもなく死亡 これがタイプ標本となる 1965/6 八重山毎日新聞にイリオモテヤマネコ捕獲依頼の記事広告を出す 1966/12/6 イリオモテヤマネコ黒島宏氏に生け捕りされるが、10日ほど後に逃げてしまう 1967/1/5 黒島宏氏があらたにオスの成獣を捕獲(仲間川中流のニーバレー) 同じ頃、中里恵誠氏が若いメスネコを捕獲(大富部落の北、仲間山の奥) 1967/3 戸川氏がヤマネコ引き取りのため西表島に向かうが、天皇に献上されるという話が出たりなど、引き渡しに難航する 地元有力者の説得により国立科学博物館へ 1967/3/20 捕獲された二頭のイリオモテヤマネコが東京へ到着 約一週間今泉吉典氏の自宅で飼育 その後戸川幸夫氏の自宅で飼育〜1969/6/20まで その後国立科学博物館で飼育 リオ(雄)モコ(メス) 1968/11/15 ライハウゼン教授来日 上野にて毛皮、頭骨を鑑定後、戸川氏宅にてイリオモテヤマネコを観察 「新種だが新属ではない」見解を示す 1969/8/19 今泉吉典氏ヨーロッパへ 1972/5 国の天然記念物に指定される 1972/11 国際自然保護連合会(IUCN)の調査が行われることになり 今泉吉典、忠明、青木淳一(ダニ学者)、齋藤靖二(地質学者) 科学博物館の調査隊として第一回予備調査を行う 1973/4/25 国立科学博物館のリオ(雄)老衰により死亡 染色体の調査のために採血、研究用の仮剥製に 1973/11上旬 今泉忠明氏ら西表島へ 安間繁樹氏も第二回予備調査に参加する 1973/12/10 ライハウゼン教授、ウルリケ・ティーデ女史(動物学者)今泉吉典氏とともに西表島へ 西表島東部にて本調査を行う 生き餌ワナを使った自動撮影装置で初めて野生のイリオモテヤマネコの撮影に成功 1974/4 環境庁による「第一次生態及び保護に関する調査」開始(2年間) 1974/6 夏の生態を知るために再調査が行われる 1975/12/13 国立科学博物館のモコ(雌)老衰により死亡 推定年令 9才7か月 展示用の剥製となる 1977/3 国の特別天然記念物となる 1978/1 エジンバラ公、皇太子にイリオモテヤマネコ保護に関する文書を送る 1978/2 新聞にライハウゼン文書の内容が掲載される 住民の猛反発を買い「人かヤマネコか」の議論が起きる 1978/11 イリオモテヤマネコが新種と認められて以降、初めて交通事故で死亡が確認される 1979/6/15 ケイ太が宮良長敬さんに保護される 1979/6/16 沖縄こどもの国へ移送、飼育へ 1979/10 環境庁、生きたニワトリを使って給餌事業を開始する 1980/12/2 沖縄こどもの国にて一般公開始まる 1981/5/26 沖縄こどもの国 文化庁より飼育許可を得る 1982/2 イリオモテヤマネコが家畜のニワトリを殺し、人との共存の新たな問題となる 1983/1 環境庁による「第二次生息、環境等保護対策調査」開始(3年間) 初のテレメーター調査 九州大学、琉球大学 1985/5 イリオモテヤマネコが白昼浦内川を泳ぎ渡る 横塚さん西表島へ (10月に資金がなくなり撤退) 1985/11 テレメーターによる調査より、生息数は80-100頭と推測される 1986/3 横塚さん再び西表島へ 〜1994/8 1988/4 竹富町と環境庁、事故防止のための道路標識を22本設置する 1991/2 アイガモ農法として水田に放したアイガモをイリオモテヤマネコが襲う 1991/4 環境庁のレッドデータブック(日本の絶滅のおそれのある野生生物)脊椎動物編に絶滅危惧種として掲載される 1992/4 環境庁による第3次イリオモテヤマネコ生息特別調査開始(2年間) 1992/10/9 沖縄こどもの国にてケイ太死亡 1992 仲間川イリオモテヤマネコの像が完成 1993/4 林野庁によるイリオモテヤマネコ保護管理事業が開始される 1993/9 第64回日本動物学会でDNA解析により、イリオモテヤマネコはベンガルヤマネコと近縁の種であると発表される 1994/1 絶滅のおそれのある野生生物の種の保存に関する法律に、イリオモテヤマネコが指定される 1995/7/12(平成7年) 野生生物保護センター開所 1995/12〜1996/2 第一回交通事故防止キャンペーン 1996/8/6 ヤマネコW-48の交通事故 輸液などの応急処置を施し、翌日石垣動物病院へ 8/31に退院 1997/7/9 子育て中のメスネコ(E-19)が交通事故で死亡 1997/7/17 E-19の子供と見られるE-25を捕獲 8/14野外ケージへ 1998/2/1 E-25野生復帰 1998/4/28 E-25死亡確認 1999/2/1 W-48屋外ケージへ
ライハウゼン文書
野生生物保護センターの設立
交通事故が減少していない
生息調査
テレメーターをつけているネコは9匹
死亡統計
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