剛の者レポート:平成13年4月1日(日)「エープリルフール」
●エープリルフール
西洋の習慣で、公然と嘘をつき、人をかついでいいとされる日である。
今年もこの日がやってきた。
毎年、嘘を考えるが、果たしてどこまでの嘘なら大丈夫なのか悩むところである。
小さい嘘なら、嘘と気付かれず、エープリルフールとしての醍醐味がない。
しかし、大きな嘘だと、全く相手にされないどころか、精神病院へ運ばれる可能性大である。日々の暮らしに飽きたのなら、それも良いかもしれない。
さて、どれくらいの嘘をつくか、微妙なところである。
どれくらい微妙かと言うと、大きいツヅラを選ぶか、小さいツヅラを選ぶかくらい微妙である。
人間心理として、大きいツヅラを選びたいところであるが、人はそれを欲張りと言う。
しかし、見栄を張って小さいツヅラを選び、後悔はしたくない。
どうせなら正直にいきたい。私なら両方いただく。正直者だ。
●嘘をつけば、地獄の閻魔様に舌を抜かれてしまうと言われている。
いったいどれ程の嘘をつけば、舌を抜かれることになるのだろう? 気になる所だ。
もし、小さな嘘でも対象になるのであれば、閻魔様も日夜大変な仕事量となる。
残業にとどまらず、休日出勤もしなければならない。これには閻魔様も舌を巻く。
ついでに副業として、タン塩専門店の焼き肉屋ができてしまう程である。
・・・あまり行きたくはないが。
果たして、どれ程の嘘で舌を抜かれることになるのか。ここでは判断できないので、科学的に解明されるのを待つことにしよう。
●「嘘も方便」という言葉がある。
例えば、大事な時に寝てしまい、それを隣人に注意される。「寝てない。瞑想していたんだ」と嘘をつく。
果たしてこれは「嘘も方便」か?
実は運転中だった為、結果は「問題外」である。どうせなら「休日くらい寝かせてくれ」くらいの機転が欲しい。
運転中は、くれぐれも注意されたし。
●また、「嘘から出たまこと」という言葉がある。
ある男性が、知人に「彼女が、お前のことを好きらしい」と言われたことから、付き合い始め、結婚にまで至ったカップルを私は知っている。
実は、その時の彼女は、その男性のことを好きでも何でもなかった。「嘘から出たまこと」とは、人生をも大きく左右するのである。
一組の夫婦を作り上げたその知人は、愛のキューピッドと呼ぶに相応しい、剛の者かもしれない。
人生の岐路は、意外な所にあることを知った実話であった。
●嘘をつくにあたって、相手のことも考えておく必要がある。
相手が心臓の弱い方、冗談の通じない方、エープリルフールを知らない方等は止めておいたほうが良い。
その方との人間関係を保証いたしかねるからである。
もし、人間関係が破綻してしまった場合、翌日から貴方の椅子の上に画鋲が置かれてあったり、下駄箱にカエルが入っていたりするかもしれない。
また、カエルの代わりにキャベツやニンジンだったりするかもしれない。多分、カエルが捕れなかったのだろう。その時は、暖かく見守ってあげてほしい。
貴方は幸運なことに、その日の夕食は野菜炒めだ。
●嘘をつくなら、爽快かつ豪快にいきたいものである。
しかし、下手な嘘だと、不快かつ後悔になってしまうので気を付けたい。
嘘は、相手の笑いを誘うくらいが一番良いのである。
嘘は人を傷つけ、おとしめるイメージがあるが、本来は自分や他者を守る為にあるのではないかと私は考えている。
人間関係を円滑に、そして必要以上に傷つけない為にあるのではないだろうか。
もちろん、これは嘘を推奨するものではない。時として必要な場合もあるということである。
また、自分につかれた嘘が、良いものか、悪いものかは、己の判断に委ねられる。
嘘をつく方も、つかれる方も、注意が必要なのである。
最後に、この日が人間不信にならぬよう、祈りたい。
●さて、このレポートが嘘かどうかの判断は貴方にお任せし、今回のレポートはこの辺にしたいと思う。
それではまた。この試練の部屋にて。