| ■■ふぁみりー2。 〜こどもたちはげんき〜 |
|
「ひどいと思いませんか?!芦原さんっ。」 いきなり話を振られてもなぁ。 オレはぽりぽりと頭を掻く。 「ボクは前からちゃんと名前を考えておいたんですっ。進藤から一字を取って、男の子なら進、女の子なら藤子。なのに進藤はまた自分勝手にさっさと名前を決めて届け出てしまったんですっ。」 「またかぁ?」 こくこくと激しくうなづくアキラの姿を見て、オレはため息をついた。 アキラと進藤の間に子どもが生まれたのはこれが三度目。つまりこいつは三人の子持ちなのだ。 しかも、進藤がさっさと名付けて届けた名前ときたら。 「で、今度の子もやっぱり?」 「はい。」 オレは空に向かって吐息を吐いた。 アキラと進藤の間に初めて生まれたのは男の子だった。 アキラはすごく喜んで子どもには進と名付けるんだと勢いこんでいた。でも、進藤はさっさと別な名前で届けを出してしまった。 その名も塔矢玲。 玲と書いてアキラと読む。 そう、進藤は息子に父親と同じ名前をつけたのだった。 「なんてことをするんだ!キミはっ!」 さすがに怒ったアキラに進藤は軽くにらみ返して言ったものだった。 「進なんて書きづらい名前つけられっかよ。オレ自分の名前書くのにすっごく苦労したんだぜ。バランスとりづらくてさ。こいつにそんな思いさせられっかよ。」 「だからって何でボクと同じ名前なんだっ。」 「だってこの世で一番綺麗な名前じゃねぇかっ。トーヤアキラ。この世でこれほど綺麗な響きの名前が他にあるかっ。オレはオレたちの大切な子どもにもその名前をつけてやりたいんだよっ。」 そこまで言われてはアキラも引き下がるより他なかった。 そして程なくしてまた息子が生まれた。 今度こそ進と名付けよう、とアキラが燃えたぎったにもかかわらず進藤はまたも勝手に名前を届け出てしまった。 その名を塔矢あきらと言う。 「だってこいつオレにそっくりな顔してるんだぜっ。頭の出来までオレに似てばかだったらどーすんだよっ。自分の名前くらい書きやすいひらがなで書かせてやらなくちゃっ。」 「だから何故ボクと同じ名前なんだっ」 「世界で一番綺麗な響きの名前を兄ちゃんにはつけてやって弟にはつけてやらないのかよっ。」 アキラに二の句は継げなかった。 そして今回だ。 「確か、女の子だったよな。」 オレが聞くとアキラは静かにうなづいた。 「はい。」 「で、今度の名前は?」 「水晶の晶と書いてあきらと読みます。」 「また、とうやあきらちゃんか。」 兄ちゃん達にはつけてやった名を娘にはつけてやらないつもりか、と、叫ぶ進藤の姿が目に浮かぶようだぜ。 アキラは名付けられなかった悔しさにふるふると震えていたが、オレはと言えば全然別なことを考えていたのだった。 オレたち塔矢門下は、現在、三人のアキラを区別するため苦労していた。昔からアキラくんと呼び慣れたアキラを呼び捨てにし、長男の玲を玲くんと呼ぶことにし、次いで生まれたあきらをあきらちゃんと呼んで区別していた訳なのだったが。四人目の晶はどうすっかなと。 「やっぱ、姫かな。」 オレのひとりごとにアキラが怪訝な顔をしたので、 「いや、晶はやっぱ晶姫って呼ぶのが一番かなってさ。兄ちゃんたちと区別してやるのにさ。」 「芦原さんっ。」 アキラは怒ったが、オレたちにはそれが何より重要なことだったのだった。 さて。 月日は更に流れ、三人のアキラたちはすくすくと育っていた。 オレたちは玲を玲くんと呼び、あきらをあきらちゃんと呼び、晶を姫と呼んでいたが、塔矢家内ではそんな区分けは一切されていなかった。 塔矢先生は、 「アキラ、明日はどこに行く?」「アキラ、電話が鳴ったようだが。」「アキラ、おかあさんはどこだね?」「アキラ、一局打つか?」 と、皆を呼び捨てにし、 明子奥様は、 「アキラさん、それをとって。」「アキラさん、あれはどうしようかしら?」「アキラさんはどう思って?」「アキラさんこれは?」 と、皆にさん付けするのだったが、 「おじいちゃん、オレ明日囲碁教室。」「おかあさん、はいどうぞ。」「おじいさま、お母様は指導碁に行きましたよ。」「おばあさま、ボクはそれで良いと思います。」 皆、間違えることなく返事をするのが不思議だった。不思議だったが塔矢家ならこんなものかもしれないと納得もした。 何たってここのお子さまたちときたら、名前が父と同じなら、容姿まで親にそっくりなのだ。 玲は長男の責務を負ってかどうか知らないが、父のアキラに瓜二つだった。緒方さんなどクローンのようにそっくりとどこかで喋っていたが、本当にそうで、アキラの子ども時代を知ってるオレたちは、玲が座敷で碁を打っているところなんかを見てしまうとタイムスリップしたような錯覚にとらわれてしまうのだった。玲がアキラに似て無いのは進藤譲りの要領の良さとその卓越した運動神経くらいなもので、こればかりは母親も、「オレより上」と認めているくらいだ。そう、長男玲は頭の出来にも、運動神経にも、当然容姿の良さにも恵まれた完璧な王子様だった。 そんな訳で進藤は次男のあきらの将来が一際心配なようだった。アキラにそっくりな容姿と頭脳と言うだけで、玲には完璧に幸福な未来が約束されていると疑わない進藤は、自分にそっくりな容姿のあきらの将来に悲観的だった。無理もなかった。 あきらと来たら容姿は母親にそっくりで可愛いらしいが、頭の出来は母に似て宜しくなく、オマケに父親の要領の悪さとどこか一拍子狂った運動神経を継いでしまって、はっきり言って鈍くさいのだ。おまけに碁の腕もぱっとしない。棋士の子どもだから碁が強いなんてことは全然無いのだが、兄の玲の才能が才能なだけに見劣りしてしまうというか、不憫がられてしまうというか。進藤だけじゃなく北島さんも和谷くんたちもその成り行きを心配してるわけだが、オレは、実のとこ、それは見当違いな心配じゃないかと思っていた。 だって、あきらは王子様な物腰がアキラそっくりだったのだ。その上母親譲りの愛想の良さのせいか、はたまた先生からアイドル気質を受け継いでしまったのか、立ってるだけで人目を引くというのか、他人に好かれやすいというのか、オレの見るあきらはいつも他人から何かもらったり可愛いがられたりしていて、他のどんな才能を持つより余程つぶしがききそうなのだった。 その点、ちょっとオレが心配しているのは姫こと晶だった。アキラにそっくりな髪質と進藤にそっくりな瞳を持つ、2人の良いとこどりした美少女は、頭も良く、運動神経も良く、碁の才能も幼い頃のアキラを彷彿とさせる素晴らしさだったが、性格の方も幼い頃のアキラを彷彿とさせる問題児だった。ケンカをしても負けない。腕力がじゃなく精神力が。腕力で負けるより精神力で負ける方が人はツラいのだ、多分。おかげでアキラと進藤はさっさと晶を余所のお子さまと打たせるのを止めさせてしまった。それは正解だろう。プロになるのが夢ってお子さまに、 「私の夢はお祖父様とお父様とお母様からタイトルを取り、囲碁界の未来を築いていくことですわ。」 碁界の革命まで念頭に置いてる美少女の心意気は眩しすぎるだろう、きっと。 そして、晶は世間に迷惑を掛けない内に、小学四年生という若さで、囲碁界に囲い込み、いや、プロ棋士として華々しくデビューすることになったのだった。 祖父と両親が著名な棋士である美少女のデビューは正に衝撃だった。碁界周辺だけじゃなく、新聞、テレビ、週刊誌から学習雑誌までが取材に来て大騒ぎだった。雑誌には兄ちゃんたちまで一緒に写った家族の肖像が掲載され、それは思わぬ事態を招いた。 写真に写ったあきらを見て、某大手芸能事務所がスカウトに駆けつけ、あきらはなんとなく芸能界にデビューしてしまったのだった。なんとなくというのは、塔矢家の人々は芸能界に詳しくなかったので、兄玲と妹晶の間で将来もぼおっと生きていくであろうあきらにもちょっとしたイベントを、位の気分で応じた為だったが、これが大成功だった。 いや、オレから見れば当然の結果だけど。 進藤の顔でアキラの微笑を浮かべるあきらの出たCMは、流れた端から大ヒット。歌えば誰に似たのか思わぬ声の良さと先生譲りのカリスマ性で人々の心をぐっと捉えて離さない。ドラマに出てもオッケーで、世間じゃ塔矢あきらと塔矢晶の記事が出ない週は無いくらいだった。 おかげで進藤には優れた子どもを育てるコツだの私の育児論などという仕事が巡ってきたようだったが、何も考えずに子どもを育ててきた進藤の答えは、 「それはね、最高の遺伝子を手にいれることさっ。」 そう言う時、進藤がいつも威張って胸張っているのは言うまでもない。 さて、あきらと晶がアジアを騒がせている頃、玲は地味だった。 いや、もしかすると、派手だったのかもしれないが、世間的には地味だった。 アキラにそっくりな容姿で進藤を倍化させた運動神経を持つ玲は碁の才能にも恵まれていた割にはプロになることにはあまり興味は示さず、熱心にテニスをやっていた。何しろアキラそっくりな容姿と物腰だ。あっという間にプリンスと呼ばれるようになっていて、ジュニアの大会で優勝したりして将来を嘱望されていたのだが、ある日突然、 「車が面白い。」 と、カートに移ってしまった。 余程おもしろかったらしい。 「世界一早い車に乗るんだ。」と言って、玲は外国に行ってしまった。まだ小学生だったのに。出す親も親だとは言われなかった。何たってアキラと進藤だ。 それきり、玲からは元気だという以外の連絡はなかったんだが。 玲が18才になった年、海外からいきなりニュースがとびこんできた。 塔矢玲、トップチームからF1デビュー! なんと、オレたちの知らないところで、玲はその業界じゃつとに知られる存在になっていたのだ。 そう、アキラ譲りの頭の良さと見栄えの良さ、進藤譲りの運動神経と要領の良さ、それに二親譲りの強運と碁で鍛えた巧みな駆け引き。それらの全てを生かして、スポンサーを得てシートを獲得したのだった。 玲は強かった。 そして、人気も高かった。 アキラそっくりのおかっぱは西洋の人達から見ればエキゾチックかつ高貴に見えたらしく、玲のあだ名は「プリンス」。オレたちにしてもアキラそっくりの顔が厳しい顔してサーキットにいるのを見るのは何か似つかわしいというか、不思議な程違和感が無いというか。 世間はまたもや進藤に子育てのコツを聞きに走ったが、するだけムダだった。アイツは本当に何にもしてないのだ。いや、していることが1つだけあったか。 それは、 「いいか、オマエたち。オマエたちのお父さんはこの世で最も素晴らしい人なんだ。結婚するならお父さんみたいなひとを選ぶんだぞ。」 その一言を言いづけていたことだけだった。 そして、それはちゃんと実ってしまった。 ある日、玲は花嫁を連れて帰ってきた。北欧の貴族のお姫さまで、金髪のその人はアキラにそっくりだった。 あきらもある日花嫁を連れてきた。アフリカ系と東南アジア系の混血のその人もアキラにそっくりだった。 晶もある日花婿を連れてきた。カナダで知り合ったという中国人のその人もまたアキラにそっくりだった。 よくぞ、世界にこれ程アキラにそっくりな人々がいたもんだ。 よくぞ、ここまで母の教えにしたがったものだ。特に玲。オマエは自分にそっくりな顔の女と結婚してどうするつもりなんだ、と普通なら突っ込むところだったが、進藤は両手を挙げて喜んだ。 「良くやった、玲っ。塔矢にそっくりな子どもを作るんだぞっ。あきらも、晶もだっ。そして、この家を塔矢の顔で一杯にしてくれっ。」 「がんばるんだっ。オレのこどもたちっ。」 だが。そううまくはいかなかった。 三人のこどもたちはぽろぽろとこどもをもうけたが、その子たちは隔世遺伝の結果、全員進藤にそっくりだった。 「ようやくボクに春が巡ってきたんですっ、芦原さんっ。」 アキラは喜びむせび泣き、毎日、楽しく孫の世話をしている。 |
|
─ fin. ─ |
| index << PAGE >> next |