春爛漫。桜の花が満開になる頃、海の中でも桜が咲く。
繁殖のため、産卵場所へ移動する真鯛の雌は、婚姻色で桜色が一段と鮮やかとなり、人はこれを”桜鯛”と呼ぶ。
2002年4月13日。
西海国立公園、九十九島を望むサンセットマリーナ。
天気、快晴。南西の風強く、波高3〜4メートル。
本日は豊漁会(IYFR池田豊フリートバイスコモドア)と(IYFR福田俊郎フリートコモドア)の合同釣り大会。
まずは五島近海で桜鯛を狙い、夜は有川で懇親会。
翌日は再び釣り、という計画である。
この呼びかけに終結したメンバーは21名。
中には、釣りはしないが国際交流に励む、という御仁もおりました。
コレに先立ち、Y山君は神社に参拝。「航海安全、釣果向上、精力絶倫」を祈願した。
午前11時、出港。佐世保港外の大崎港でエサの芝エビを調達。
ただちに白波砕け散る五島灘へと繰り出したのです。
先行は池田豊艇長のローレライ号。進路は西。巡航速度は25ノット。
2番手へ長島正艇長のKDS号。演歌ではないが、この二艇は「兄弟船」。
♪波の谷間に命の花が〜、二つ並んで咲いている〜♪っと、まあ、唄ってる
場合じゃあないが、兄貴の豊艇長から弟の正艇長に「しっかりついて来んか」
と携帯電話で檄が飛ぶ。
「そがん言うたっちゃ、この荒波の中、飛ばし過ぎばい」と、この兄弟の足並みは揃ってない。
最近好釣果の長島IYFR会員 |
3番手はDAISHIN号。の、はずなのに「あれ〜?姿が見えんゾ」
「なに、まだマリーナだって?」「遅刻か?」「大神艇長は来てたぞ」
「じゃあ、豊明ドクターか篠原しょうちゃんが遅れとっとバイ」
「しょうがないなあ、じゃあ、先に行こうや」。ドッタン、バッタン。(船の進む音)
正午、平島の先、上五島空港を望む海峡に到着。ローレライ号から
パラシュート(潮帆)が入った。それを見たKDS号ではクルーが鳩首会談。
「おい達はローレライ号の潮上に入り、先に鯛を釣ってしまおう」
「だったら、向こうは残りモンのオーガンばかりばい」「ええな、ええな、そうしよう」
っで、KDS号、発進。
仕掛けは鯛テンヤの12〜15号。エサはもちろん「エビで鯛」
◆注釈、「今宵の夜釣りのエサは福沢諭吉先生2〜3枚。だが、食い逃げされる恐れ有」
確か、12時半頃、ローレライ号の船上にあわただしい動き。
ほどなくして携帯が鳴った。
「♪はっは〜ん♪オイはもう釣ったばい、そっちはまだか〜い?」。八谷さんであった。
「ヤレヤレ、よりによって一番手が八谷さんとはなあ」「今夜は吹くで〜、あん人は」
「風速40メートルだな」「柱につかまっとかんば吹き飛ばされるじぇ」っと
、言ってる内、KDS号の米山君が1.5キログラムの本命ゲット。
彼は自称”釣り師”だから「型がイマイチだなあ」と、平静を装う。
しかし、心の中はウハウハのロケット。誰も見てないなら飛び上がって喜ぶところであった。
初めての鯛に喜ぶ久米 IYFR会員 |
続けてキャップテン長島が朱も鮮やかな1キログラム級の本命をゲットしたが、
この鯛を女性に例えれば、ブルマーの似合う中学1年生。
(聞いた話だが)柔らかいのにプリプリで、花なら蕾み。
僕は思わず「その鯛、可哀相だから逃がしちゃんない」と言いかけたが、
もしcapがロリコンだったら友情にヒビが入る恐れ有。ここは黙っとこ。
この長島capは、今年の初釣りで79センチ、5.2キログラムの真鯛をゲット。
これが自己記録更新となり「こいつあ春から縁起がええわい、ガハハ!」と笑ったばかり。
したがって、今年の運はすでに使いきった、と思ったが、その直後、
彼は再びウンウン言いながら糸を手繰り出した。
「重いぞ、こりゃ石ばい、うんにゃ、やっぱり魚ばい」っと、一人芝居を演じてる。
◆噂話。「いくらおかしな世の中だって、石が魚になったりするもんか」
ところが、驚くべきことに、この石は鯛にヘンシーン。
しかも3キログラム級。身長は60センチで、これを女性に例えれば、
長崎県有川町の県営アパート203号室に住む、パツイチ未亡人、五島鯛子(32歳)。
そして、この時の攻防を現場から中継すれば、豊満な肉体美の鯛子が
「あっ痛っ、ナニすんだ、コラッ、離せ、このスケベ親父」
「ナニ言ってんだい、男が一度出したモノを、今さら引っ込められっかヨ〜」
「イヤだってばあ」「よかやっか、減るモンじゃナシ!」
「ああ、もう、ソコじゃあないってばあ、このヘタクソ」「じゃあ、こっちか」っと、
まあ、大変なことになってしまったのであった。
◆MEMO、五島鯛子は、この日、全艇で仕留められた19匹のMaxである。
テンヤに大物ヒラスをヒットさせた中島 IYFR会員 |
そして、その直後、米山君が2キロ級をゲット。「すわっ、これからか?」と思ったが、
参加者は今宵の国際交流に余力を残す必要有。この日は早めの納竿とあいなった。
なお、KDS号の中島閏二氏とNBC力武氏の釣果については
「都合により発表を控えさせていただきます。」
17時。有川港に6艇が投錨。釣果はローレライ号4匹。KDS号4匹。
遅刻のDAISHIN号が9匹でダントツ。
万人の予想を覆し、ナ、ナ、ナント、豊秋先生と篠原しょうちゃんが4匹ずつ釣り上げた。
(っと、いうことは、大神船長は1匹?)
◆噂話。「腕じゃなかっさ。場所が良かったたい」「おいもそう思う」
上陸後、U旅館に一同合流。潮まみれの体を清めイザ宴会。
ローレライ号の中島祥一氏が仕留めた3キログラム級のヒラスが刺身になった。
◆噂話。「祥ちゃんって、いつも鯛は釣らんで、美味しい外道を釣るんだよネ」
「あんた、刺身を食べた後で、恩知らずなこと言うなよ」
鯛も釣ったが自分も釣られた筆者 |
◆お断り。HPの紙面に限り有。国際交流については別の機会に!
っで、翌朝6時、朝食。皆さん、物凄い食欲。
◆<例>中島閏二氏は、前夜、宴会の後、四次会でビールの肴にスパゲッティとピザを食し、
今朝はご飯をおかわりしたあげく「ところで昼の弁当はどうすんだ?」と語った。
6時半、出港。KDS号に久米氏が乗船。彼は、今回で釣りは3回目。まだ鯛を釣ったことがないそうだ。
そこで船長は、米山君に「久米さんの面倒を見てやりたまえ。彼はよく糸をもつれさせるから!」「ラジャー」
この日の天気は曇り。南西の風、いよいよ強く、波高4メートル。鉛色の海上は白波が立っていた。
もし、こんな海況を親父が見たら「バカモ〜ン、こんな天気の日に魚釣りをするため、
苦労してお前を育てたんじゃない」って言うナ、きっと。だけど、親父はこの世にいない。
8時半。長島capが1キログラム強をゲット。
その際、自称、釣り師のY山君が鯛の口からハリを外そうとして、自分の指にグサッと刺してしまった。
「あっ、痛っ!抜けない。どうしよう?」釣り師が釣られた瞬間であった。
すぐさま福田(俊郎先生)艇に電話。「怪我人が出ました」「了解。すぐ、駆けつけます」となったが、
広い洋上のこと。お互いに探し回るものだから、まるで昔のメロドラマみたいなすれ違い。合うことが出来ない。
福田艇から電話。「怪我人の様子は?」「痛みも出血もありません」「じゃあ、上陸してから治療しましょう」
こうして釣り師は見捨てられ、指にハリを突き刺したまま再び釣り始めたのであった。
9時。風を避け、ハッチャン瀬に移動する。が、ここは4年前、八谷繁一氏はガツンというアタリを
「地球を釣った」と勘違い。糸を足に巻いて切ろうとしたところ、逆にグイグイ引っ張られ、
パニック状態のまま6.2キログラムの真鯛をゲットしたポイント。
以来、「足釣り鯛のハッチャン瀬」として有名になった。
◆噂話。「あの鯛は釣ったんじゃない。釣れたんだ」

余裕の表情で釣上げる長島IYFR会員 |
確か10時頃だったろう。それまで底取りに難渋していた久米氏が「糸を手繰りよったら急に重とうなった」と言った。
そこで閏ちゃんが「どうれ?」と糸を手繰ると「うんにゃ、こりゃ魚ばい」と言うので、
久米氏はとたんに身体硬直、顔面蒼白、焼肉定食となった。
そして、油の切れたピノキオみたいにギクシャクした動作で糸を手繰ると、やがて群青色の海中に淡い桜色が浮かび上がり、
その体側はコバルトブルーの宝石を散りばめたかのような輝きを放っていた。
閏ちゃんが間髪を入れず、タモで掬った。
「やったっ、バンザーイ、やった、やった!」。久米氏は顔をクシャクシャにして子供のように飛び撥ねた。
喜びを素直に表す人のようだ。だから釣りっていいんだよなあ。
そしてその後、閏ちゃんと力武氏も本命をゲット。これで全員安打となり、この二日間でKDS号が仕留めた桜鯛は8匹。
予想以上の大漁となった。
◆帰港後、Y山君は福田外科病院に直行。麻酔の後、ハリを外してもらい、診断の結果、全治2日。
本人は「末代までの恥」と、ただ今、謹慎中。それにしても円田昭ちゃんの「これで魚の痛みがわかったろ」
の一言は、ハリが突き刺さった時より痛かった。
なお、ローレライ号では池田艇長が、ホールインワンともいえる5キログラムジャストの座布団ヒラメをゲット。
それから3日後、大会参加者は座布団を肴に打ち上げ。春の宵の大宴会となった。
◆噂話。「豊さんって、いつもいいトコばかり持ってゆくよなあ」