相変わらずのボクら






 大晦日の夜は忙しい。
 さっきまで鍋奉行と化していたボクは、ゆっくり腰を据えて鍋の中身を突つく間もなく再び台所に立っていた。
 ぐつぐつ煮える湯の中で年越しソバを茹でながら、居間から聞こえて来る上機嫌な声。
「とうや〜、ビールなくなったあ〜」
 恋人はすっかり出来上がっている。
 おまけに何一つ手伝いはしない。
 いや、手伝いはさせていない。……去年酷い目に遭ったからだ。
 ヒカルと一緒に暮らして初めての年越し、掃除が終わった途端にビールに手を出していたヒカルは夕方には目がとろんとしていて、野菜を切らせたら指を切る、皿を運ばせたら落として割る、ソバを茹でさせたら吹きこぼれて掃除したばかりのガスコンロを水浸しにさせた。
 そのくせ本人は全く悪びれず、けたけたと笑うだけなのでさすがのボクも怒るというより呆れてしまい、今年は酔っ払いは放っといて自分一人で支度をしようと心に決めていた。
 案の定、食べる役だけ任せておけばそれほど問題は起こらなかった。たまに手を滑らせてビールをこぼすこともあるが、そんなこともあろうかとこたつ布団を取っ払っておいたから被害は少ない。
 ボクはソバが踊る鍋の様子を確認し、さっと冷蔵庫に足を向けると素早くビールを取り出して、もぐもぐ口を動かしながらテレビを見てけらけら笑っている恋人の元へとダッシュした。
「あ〜ありがと〜」
 冷えたビールを三缶受け取ったヒカルはへらっとだらしなく笑い、早速とばかりにプルタブに指をかける。
 彼の周りには転がった空き缶がすでに数え切れない。普段ならいい加減にしろと怒鳴るところだが、年末くらいはボクだって少しだけ甘くなる。
 そういえば去年も二日酔いで、元旦に行く予定だった初詣が二日に延びたんだっけ。
 今年もどうやら同じパターンになりそうだ……ため息をついたボクは、ソバのことを思い出して慌てて台所へ戻った。午前中のうちに磨き上げたガスコンロ、今年こそ綺麗なままで年明けを迎えたい。
 ソバを茹で、年末の騒々しいバラエティー番組に大笑いしている恋人の声を聞きながら、今年も残り僅かなのだと少々感慨深くなったりして、一年間の出来事を振り返る。
 365日間があっという間に感じるようになったのはいつからだろう。ヒカルと共にタイトルを取るようになって、年もとったということだろうか。
 そんなことを考える自分に苦笑しながら、茹であがったソバをざるにあけて温めておいた丼を並べる。ソバの量はヒカルの分を多めに。全くあの身体のどこにあれだけ食料が入っていくのだろうか。鍋の中身もあらかた一人で平らげたくせに。
「進藤、ソバできたよ」
 上に乗せた刻みネギが鮮やかなソバをお盆に乗せて運んで行くと、ヒカルが嬉しそうにぱちぱちと手を叩いて迎えてくれた。
「やった〜、ソバだソバだ! 俺大盛りにしてくれた?」
「ああ、でも食べ過ぎて腹を壊すなよ」
 ヒカルの目の前にソバの丼を置いてやると、いただきま〜すと軽快な声を上げて彼はソバに飛びついた。
 昔はあまりソバは好きじゃなかったと言っていたことがあったっけ。今では優に二人前は食べるのだから恐れ入る。
 美味しそうにソバを啜るヒカルを眺めて、ボクは思わず目を細める。
 無邪気で可愛いボクの恋人。今年もいろんなことがあった。
 二人で笑い合って、喧嘩もして、たくさんたくさん碁を打って……来年もまた、そんな年になればいいと思う。そして来年の今頃、同じようにヒカルにソバを茹でてあげるのだ。
 今から来年の年末のことを考えるのは、少し気が早いだろうか。一人苦笑しながら、ボクもソバを啜る。テレビの中の芸人のコメントに吹き出して咽せたヒカルの背中をとんとん叩いてやりながら。
 ずっと、こんなふうに二人でいたい。
 来年も、再来年も、その先もずっとずっと。
 くだらないことで笑って怒って泣いて、そんな二人の時間を大切にしたい。
 何があっても。何も無くとも。ずっと一緒にいられたら。
 空になった丼を下げて、ようやくボクもヒカルの隣にゆっくり腰を据える。
 もうすぐ日付けが変わるという頃になると、ヒカルは慌ただしくテレビのいろんなチャンネルを回し始めた。
 どの番組も、あと少しで年が明ける瞬間を迎えるとあって浮かれた様子を映し出している。
 ヒカルも例に漏れず浮かれ調子で、酔っ払いの真っ赤な顔をしてあと何分、あと何分と楽しそうに時計を追っている。
 カウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1……あけましておめでとー!」
 大声で年始の挨拶を叫んだヒカルは、そのまま隣のボクにがばっと抱きついて来た。
 咄嗟のことで彼を支え切れなかったボクはころりと背中から床に転がり、にっこりボクを見下ろすヒカルに目を丸くする。
「とーや、今年もよろしく〜」
 とろんと垂れ下がった目尻で嬉しそうに口を開くヒカルを見上げて、ボクもつい笑ってしまう。
「……明けましておめでとう。こちらこそ今年もよろしく」
「うん!」
 破顔したヒカルを見ているとこちらまで嬉しくなってしまう。
 転がされたままにこにこしていると、ふとヒカルが悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「とーや、目。今年最初のチュウ」
 そんなことを囁かれて、ボクは思わず頬を赤らめた。
 初キスか……新年早々可愛いことを言うじゃないかなんて思いながら、言い付け通りに目を閉じる。
 このまま初エッチに雪崩れ込むのも悪く無い……ドキドキしながら瞼を下ろした暗闇の中で、恋人の柔らかい口唇を待っていたら。
 べしゃっと、顔に冷たいものが乗っかった。
 気味の悪い感触に目を開けて身体を起こすと、くたっと湿ったおしぼりの残骸が顔から落ちて来る。
 気のせいじゃなければ、なんだか生臭いこれは、ちょっと奮発して購入した蟹をもりもり食べていたヒカルが手を拭いていたおしぼりではないだろうか。
 唖然として固まっているボクの目の前で、酔っ払った恋人がげらげら笑い転げている。初笑いだなんて馬鹿げたことを言いながら。
 どうやら彼は初喧嘩がお好みのようだ。いいだろう、やってやろうじゃないか。その後強引に初エッチに起動修正させてやる。
「進藤、そこに座れ! 正月だからと言ってふざけすぎだ!」
「ひゃははは、お前の顔、タコ、タコの口みたいになってた〜」
「進藤〜〜!」
 テレビからは騒がしく新年を祝うタレントたちの声。
 この日ばかりは、まだ家々の灯りも消えないまま。
 ボクは酔っ払った恋人に負けじと顔を真っ赤にしながら、きっと今年も相変わらずの一年になるのだろうな……なんてことをぼんやり考えていた。
 微かな諦めと、期待を胸に。






A HAPPY NEW YEAR !

昨年はアキヒカに出逢えたとても素晴らしい年でした。
これからものんびりといろんなアキヒカを書いていきたいです。
どうぞ今年もよろしくお願い致します。

WIDE OPEN SPACE
アオバアキラ
2007.1.2

↑当時の文章そのままです。
ノリで一気に書き上げた記憶があります……
オチも考えずに書いたので見直すといろいろ苦しいですね!