愛欲のまなざし








 俺の爪先は、とっくにずぶ濡れなんだ。





 今、俺の目の前にいるお前の目は青い。
 不安を帯びた青い目はおどおどとらしくなく視点を彷徨わせ、俺の言葉を考え倦ねている。

「高みを目指す代償だ。お前には俺をやるよ。」

 お前は綺麗な碁が欲しい。
 俺は綺麗なお前が欲しい。


 不運なことに、お前にとって俺は謎だらけだった。
 「見えないもの」とはこうまで人を惑わせるのか。アイツの力は確かに在った。俺と周りのヤツらとの違いはただひとつ、見えたか見えなかったか、それだけだ。
 見えないものを追い求めて、人は更に盲目になっていく。
 力。――力だ。あの遥かな世界に追いつくためには力が必要だ。それは一人きりでは足りなくて。


 見えないものに囚われた男がここにも一人。
 とても綺麗な力を持っている。運命に愛されてる。本当はお前のほうがよっぽど光に相応しい。
 お前は綺麗な碁が欲しい。
 俺は綺麗なお前が欲しい。
 あそこまで行きたいんだ。人の世界を超えていくにはパートナーを選ばなくてはいけない。
 お前が求める綺麗な碁は、あの光の先にある。
 俺はお前を誘い込む。できればギリギリの深いところまで繋がっていたほうがいい。手を放しても簡単には落ちないように。
 そして最後の、本当に最後の細い領域だけはお互い侵しちゃ駄目だ。魂まで繋がったら光の先で別れられなくなるから。
 赦されるとは思っていない。
 俺は綺麗なお前を道連れにしたい。


 今、目の前のお前は青ざめて、思い出したように瞬きする以外に身動きしない。
 お前は葛藤してるだろう。お前が必要なのは俺の謎とアイツから受け継いだ力だ。後者は本当は偽者だけど、それを教えるわけにはいかないから俺はただ微笑んでお前を見つめる。
 謎が最後の切り札だ。
 お前を繋ぐできる限りの努力はするよ。借り物の力を高めようと俺は躍起になるだろう。
 俺の中にいるもう一人の影をお前が追おうとするのと同じくらいの強さで、俺はお前を引きずりながらその影に必死で近づいてやる。
 だけど混ざり合えない。
 心がふたつあった。
 片方を殺せばひとつにはなったかもしれない。――だけどアイツは消えた。
 まだ、死んでない。

「お前が必要なんだ。俺一人じゃ届かない」

 綺麗な力が必要だ。
 あの美しい世界に怯まない、純粋な男が必要だ。
 俺の足先は随分前から濡れている。やがて首まで浸かるだろう。
 綺麗なままのお前が欲しい。お前は俺の碁が欲しい。
 利害は一致してる。ならばこのままあの天へ向かえばいいものを、俺が持ちかけた契約に何の意味があるのかお前は躊躇っている。
 俺は綺麗なお前が欲しい。
 だけど、あの美しさを越えてはいけない。
 所詮俺たちは光を目指す地上の生き物だから。
 完全に追いついてしまわないように、お前には少し穢れを与えなければならないんだ。


 不運なことに、俺はお前が「俺に何を求めているか」を知っていた。


「俺のことは好きにしていい。なんだってやるさ。機械じゃねえから多少乱暴に扱っても壊れたりしねえよ。その代わり、飯も食うし糞もするけどな」

 微笑みは絶やさずに。
 アイツから余計なことまで学んだ俺は、陥落寸前の獲物にそっと手を伸ばす。
 綺麗な髪。綺麗な肌。綺麗な綺麗な瞳。
 その綺麗な指で高らかに碁石を打てば、お前と宇宙を創り出せる。やっぱりお前だ。俺は綺麗なお前が欲しい。
 そして行くんだ、あの向こうまで。


 俺の伸ばした指先が、肉の薄い頬を辿って顎先に辿りつく。
 向かい合うと目線の高さはほぼ同じ。だけどほんの少しだけ高いお前の顎を、俺はくいと押し上げた。
 青い目がぎょろりと下がって俺の目を追う。
 その綺麗な目をじいっと見上げて、俺は静かに舌を出した。

 下から舐め上げるような素振りだけ。
 べろりと見せた濡れた表面に、お前の目が戸惑って揺れる。
 舌を見せたまま笑った俺は、平らな舌先を尖らせてちょんとお前の下口唇に触れた。
 空気を吸い込んだお前の喉が動きを止める。
 その凍った口唇を、俺は渇いた肉で摘んでやった。

 ――契約の朽ち付けだよ。

 口唇を挟んだままゆっくりと顔を動かすと、お前の口唇が縒れて不恰好に歪む。
 カサついた皮が切れてしまいそうだ。引き攣って擦れる柔らかい肉の感触。押し当てて軽く吸い上げるとお前は眉を寄せてきゅっと目を瞑った。俺の視線から逃れるように。
 こんな時でも綺麗なお前――ごめんな。もっともっと傷つけるよ。
 でもお前じゃなきゃ駄目なんだ。俺は口唇を離さない。ずぶ濡れで冷え切った俺の身体に、綺麗な熱をくれるのはお前しかいないんだ。
 差し込んだ舌先にジンと触れた柔らかいものは、怯えながらも緩やかに舐め返してくる。
 契約の成立に俺は微笑んだ。
 多分、綺麗に笑えてると思うよ。お前に触れてもらったから。



 今、口唇を押さえて座り込んだお前が、そっと俺を見上げる目の色は赤い。
 赤は憎しみの色。欲の強い炎が揺らめく綺麗な色だ。
 それでいいよ。お前はいつだって綺麗だから。きっと迎えてもらえる。その時は俺を導いて。

 赦さなくていいから。
 俺の爪先はこの先もずっと、ずぶ濡れのまま。



 俺は綺麗なお前が欲しい。
 でも、お前にやれるのは「俺」だけなんだ。






30万HIT感謝祭リクエスト内容(原文のまま):
「腰砕けキスシーンアキヒカ!!!!!!!!!!」

ドロドロになる予定だったのにイメージとずれた……ヒイ。
ご本人に「ドロドロとピュアどっちがいいですか」と
予め伺っていて、ドロドロを選んで頂きました。
頭の中であっためていた時はドロドロしていたんですが……
出て来たら案外さらりとしていて腰砕けてないや……。
わ〜んすいません〜!でも楽しかった!
リクエスト有難うございました!

このお話のイメージイラストをいただいておりますv
とっても素敵なイラストはこちらから
(BGM:愛欲のまなざし/河村隆一)