美容師の私







 最近、気になるお客がいる。
 彼がこの店に通うようになってから、早一年。月に1回、多い時には2回ほどやって来る。どうやら少しでも髪が伸びると気になるタイプらしい。
 初めてカットを担当した私の腕を気に入ってくれたようで、それ以来毎回私を指名してくれている。
 私も彼のコシのある髪を触るのは大好きなので、彼が現れるのを喜んでいたものだ。

 しかし、ここ数カ月どうしても気になって仕方ないことがある。
 それを口にしたものか、いつも迷っては何も言えずに彼を帰してしまうのだ。
 もし気を悪くされたらどうしよう。いやしかし、これくらいで怒るような小さい人物ではあるまい。
 だけど故意にしていることだったら……!
 彼が通い始めて3ヶ月も経った頃から、簡単な世間話も気軽にできるようになっていた。彼のほうでは随分私に親しみを感じてくれているらしい。
 その関係が崩れるのは嫌だ……!
 いいや、これくらいで崩れるわけが……!

 そうして葛藤の日々の中、再び彼が店に姿を現した。
「今日はどうなさいますか」
 私もいつもの営業スマイルで彼を迎える。
「いつもと同じようにしてくれ。襟足が伸びて気になって……」
 漆黒の髪を短く切りそろえた彼は、爽やかに笑った。
 ああ……! 言いたい……!
 彼の髪を洗い、早速カットに取りかかる。
 普段と同じように動くはさみを、彼は気持ち良さそうに鏡越しに見つめていた。
 それほど時間はかからずに(元が短いから)注文通りの仕事を終える。
「いかがですか」
 襟足にも鏡をあて、彼に良く見えるようにしてやる。
「ああ、これでいい。」
 彼は満足気に微笑んだ。
 今だ……! 今日こそ、今日こそあの言葉を……!
「あの……お客さま……」
「何だ?」




「眉毛のカットはどうなさいますか?」




 ……あれ以来2ヶ月が過ぎたが、彼は一向に姿を見せなかった。
 私は自分の浅はかさを呪った。





ごめんなさい……