銀の大地、白い森。 「支度はできたかい?」 戸口でドアに凭れながら、軽装のカミューが静かに尋ねた。 詰め終えた荷物を確認して、剣を腰に下げる。 「ああ。」 カーテンは開いたまま、窓から覗く風景はほんのり薄暗かった。 「……驚くだろうか」 馬小屋から連れて来た愛馬達は、この早朝から走らされるのを知っていたのか、落ち着いた目で2人を見下ろしていた。 カミューはぽんぽんと馬の首に触れると、人気のない辺りをぐるりと見渡す。 「少しはね……きっと。でも前々から告げてあったことだ。それがたまたま今日だっただけだから」 「きちんとした挨拶ができないのは心苦しいが」 「大仰に見送られるよりはいいだろう。それにどのみち門番には見つかるんだ、部屋に手紙も置いてきたんだし。」 そびえるロックアックス城を振り返った。 カミューも同じく、昨晩から降り続いた雪で白く染まった城を仰ぎ見る。 「……そうだな。」 「行こう。もうすぐ太陽が出てくる」 月が空に溶けてしまいそうな、そんな儚気な朝だった。 団長の椅子を断った時から、心を決めていたのかもしれない。 いや、カミューがグラスランドに向かうと聞かされたことが決定打だったか。 今となってはどちらでも構わないが、初めは止めようとした団員達が旅立ちを理解してくれたのを見て、決断は間違っていなかったのだと安堵した。 はっきりとした期日は伝えていなかったため、彼らにとっては複雑な心境かもしれない。 しかしカミューと連名で残して来た手紙を見つけてくれれば、きっと時が来たことを解ってくれるだろう。 たとえ解ってくれなくとも。 「意外にあっさりしていたな」 「……薄々勘付いていたんだろう。近いうちに私達がこの城を出ることを」 「陽が昇るまで黙っていてくれるだろうか」 「きっとそうだと思うよ。……後は新しい団長達が手紙を読んでくれれば、それで私達の役目は全て終わる。」 「……終わるんだな」 「終わるね。」 凍てつく冬の寒い日に、出発を選んだのは本能なのか。 1年で一番美しくなるこの季節の城に見送られて。 白銀の海、吐き出した白い息が空気中に蒸発してキラキラと光る。 太陽が顔を出していた。 ふいにカミューの馬が立ち止まった。 「カミュー?」 カミューは馬首を少しだけ振り向かせ、馬上から遠く離れたロックアックスを再び眺めた。 「見納めだ」 「……ああ……」 自分の馬もほんの少し向きを変え、白い大地にひっそりと腰を据える堂々たる城に目を細めた。 太陽の光が反射して眩しい。 お互いの呼吸が静かに届くほどの、張り詰めた沈黙の朝。 「いろいろ、あったな。」 「ああ。本当に。」 こうして2人出逢ったことも。 思いが通じあったことも。 同じ道を目指したことも。 運命を共にしたことも。 護る為に戦ったことも。 ひとつひとつが白く色を変え、蒸発しては輝いて消えて行く。 もう何度この景色を見つめたことか。 そして次にこの景色を見ることはあるのか。 その時、まだ2人でいられるのだろうか。 「……もう、充分だな。」 「そうだな。……行こう」 再び馬の向きを変えて、今度は振り返ること無く雪原を駆け始めた。 愛する白い大地を後に、新たな故郷を目指して。 銀の大地、白い森。 「今度は冬の緑を見せてあげるよ。」 カミューがぽつりと呟いた。 |
2001.2.2に相互リンクサイト様や
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この話を筆頭にED後の二人をひたすら書きました。