冬の太陽







「……いつまでそんな格好をしているんだ……」
 ベッドから降りてう〜んと伸びをしている私に、彼はぼそりと呟いた。
 相変わらずシーツにくるまって、肌を晒そうともしない。
 私はにやっと笑い返す。
「何? 見愡れる?」
 彼に向き直って均整のとれた身体で胸を張る。
 彼はますます小さく丸くなった。
「……服を着ろ。見てるほうが寒い」
「確かにちょっと冷えるけど部屋の中なんだからさ。」
「寒いものは寒い」
 理由はそれだけではないな、と含み笑いをする。
 カーテン越しに強い月の光がぼんやり部屋を照らしているとはいえ、暗がりの中で一糸纏わぬ姿の詳細なんぞ見えるわけがないだろうに。
 私の裸なんて見慣れてもいい頃なのに、相変わらずだ。
 風呂場は平気らしいが、部屋の中で1対1というのは心構えが違うのだろうか。
 だとしたら私よりも彼のほうがロマンティストなのだ。
「くしゅっ」
 ……なんて考えてたらくしゃみが出た。
 確かに寒いな。今日は氷点下みたいだし。
「だから言ったんだ、馬鹿」
 彼はこそ、とシーツに隙間を空ける。
 戻ってこい。
 私はそれに応えるために極上の笑顔を向けたが、きっと逆光で彼には見えていないだろう。


「……冷たいっ」
 潜り込んで来た私の肌に触れると、彼はぶるっと身震いする。
「ちょっと外の風に当たり過ぎたかな? マイク、あっためてよ」
「うう、余計に寒くなるだろ! だからそんなはしたない格好でふらふらするなと……!」
 嫌がる彼に無理矢理抱き着いた。
 温かな肌が気持ち良い。
 彼はかなりの寒がりだった。
 平熱が私と一度近くも違うのだから仕方がないのだが……
 体温が高い彼は、身体に触れる温度が下がるとその温度差が私よりも激しくなってしまう。
 訓練中はじっと我慢しているが、2人になったらこの通り。
 子犬みたいにぶるぶる震えちゃって。
「離せっ、もう俺は服を着るぞ!」
「ええっ、もう? もうちょっとべたべたしようよ」
「阿呆かお前は! こんな日に裸で寝てみろ、あっという間に風邪を引くぞ!」
「じゃあマイクに看病してもらおう」
「馬鹿、俺も風邪を引くんだ!」
 顎を思いっきり押し退けられて、息がぐっと詰まる。
 手加減ってものを知らないんだから。
 私の腕を逃れて、彼はベッドの下に散らばっている服を拾い上げ始めた。
 勿論肌をなるべくシーツの外に出さないように、細心の注意を払って。
「くす」
「……何がおかしい」
 拾い上げた服をシーツの中に放り込んで、どうやら温めているらしい。
「別におかしくないよ」
「嘘だ、今笑っただろう」
「何でもないって」
「いいや、笑っ……う……」
 彼の口唇は少し渇いていた。
 軽く押し当てたが、その弾みで切れてしまいそうだったのでそっと舌で舐める。
 しっとり湿った口唇に、もう一度。
 ぱさ、と彼の肩からシーツが落ちる。
 冷えないように手のひらで探る。
 抱き寄せて温めて。冷たくなった髪の間に指先を潜らせて。
 凛と張った冷たい空気から守らなければ。
 この瞬間を守らなければ。


「……寒いね」
「……ああ」
 寄り添う部分から産まれた熱を逃がさないように、シーツの中で丸くなって。
 服越しに伝わる彼の肌は暖かい。
「今日は星が綺麗だろうな」
「……空気が澄んでいるからな」
「月もあんなに明るい」
「ああ、眩しいくらいだ……」
 布と硝子一枚隔てた月の冷え冷えとした美しさ。
 彼とは違った美しさ。
 冬の冷気に頬が赤くなる彼の、暖かい息。
 すぐ傍にある私の太陽。
「明日も冷えるな……」
 この空気の静寂さえ、熱に変える彼の愛しさ。
 幸せとはその瞬間には気づかないものだと言うが、ではこれに勝る幸せが何処にあるのだろうか。
 温かい身体を、冷えないように抱きしめて。
 ……私の心が冷えないよう抱きしめて。
「寒くない? マイク」
「……大丈夫だ」
「はみ出ないで。冷えるよ」
「お前がこうしていてくれるから……大丈夫だ」



 ああ、私の太陽をこんなにもきつく抱きしめているというのに、
 これ以上の幸せなど見つけることができないというのに、

 哀しいほど澄んだ私の心は冷え冷えとした月のままなのだ。







らぶらぶなのに物足りないらしいカミューさん。
幸せなのにまだ満たされないみたいです。
でもこれが満たされてしまうことはないのでしょう。