The Last Letter





 マイクロトフはもう何度読み返したのか分からないカミューからの手紙を机上に戻し、ため息をつく。
 これ以来カミューからの便りは届いていない。
 返事を書こうにも何処かへ出発したとあるカミューの所在は知れないのだ。
 無事でいて欲しい。マイクロトフは数え切れない程願った。
 たとえこの空がつながっていようとも、彼の姿を見ることは所詮適わないのだ。
 無事でいて欲しい。
 祈りが届くかなど分かるはずがない。
 けれどそれしかできない。
 明日には、明後日には、新しい手紙が届くかもしれない――何度裏切られ何度期待したか。
 もう待つのは疲れてしまった。マイクロトフは目を閉じる。
 マチルダはもうじき冬を迎える。








「関所警備への伝令?」
 マイクロトフはやや急いだ様子で人を探している青騎士団副長に呼び止められた。生憎だが彼は見ていない、と答えてからマイクロトフは事情を訪ねる。
 グリンヒル方面でしばらく盗賊が頻出するとの報告が前々からあったのだが、それがいよいよ問題化してきたらしい。被害の多かったグリンヒル―マチルダ騎士団領間を一時封鎖したとの連絡を受け、それをミューズとの関所に伝える人間を探していたのである。
「急ぎのようだな。ならば俺が行こう」
 マイクロトフの言葉に副長がはっとする。余計なことを言ってしまったというような顔である。
「いいえ、そんなことをマイクロトフ様にさせる訳には」
「何を言っている、どうせ俺には大した仕事もないのだ。最近は少し気温が低いし、馬をきちんと扱える人間のほうがよいだろう?」
「それはそうですが、しかしマイクロトフ様を伝令などと」
「副長、今はお前の肩書きのほうが上なのだぞ。俺は騎士のなり損ないのようなものだ。急ぎなのだろう、今すぐ支度をしてくる」
「マイクロトフ様! ……やれやれ」
 副長はすでに後ろ姿となったかつての上司の背中を眺める。
 本当は動きたくてたまらないのだろう――副長はマイクロトフの行動を黙認することにした。
 ここ数カ月落ち着かない様子なのは城中の誰もが知っていること。気が紛れるのならば多少は構わないだろう。使いっ走りの真似事をさせてしまうのは忍びないが。
 そう考えた副長は踵を返し、元青騎士団長に伝令を託すための準備に取りかかることを決めた。




 マイクロトフはほとんど休みを取らずに馬を走らせた。
 ここのところ考えることを忘れさせてくれるものは、ひたすらに身体を動かすことだけだということが分かってしまったので。
 足が止まると強烈な不安に襲われる。
 こんなのは嫌だ。
 ……こんな離れ方は嫌だ。
 こんなふうに不安になるために別れているわけではない。こういうのはたまらない。
 待つことしかできないのは苦し過ぎる。ましてやこの自分は今まで彼を待たせてばかりいた。
 これが報いなのか。
 マイクロトフは風を切る。

 関所についたのはロックアックスを出てから2日目の夜だった。空は一段と重くのしかかり、その夜が今季一番の寒さであることを物語っていた。
 その日関所にいた騎士はただ一人で、その少なさにマイクロトフは顔を顰める。やって来た伝令がマイクロトフでは誤魔化すことが出来ず、関所番の騎士は他の騎士たちがミューズの酒場へ向かったことを白状した。
 確かにここからミューズまでは少し馬を走らせれば着く距離である。しかしそれが寒さ故に持ち場を離れた言い訳になるはずがない。
「俺がここに残る。お前は他の関所番たちを連れ戻してこい」
 多少のお仕置きも込めて項垂れる騎士を叩き出す。出て行った彼らを見咎めなかったのだから同罪だ――マイクロトフは寒さに襟を立てた。
 ふと、独りの時間に気がついて淋しさを感じる。
 こんなふうに静かな夜は、また不安でたまらなくなってしまう。部屋にいるよりはましだったかもしれないが……
「……?」
 マイクロトフは関所の管理室の窓の外、ミューズ方面からこちらに向かって来る馬を見つけた。
 騎士が戻ってきたのかと思ったが早過ぎる。
 立ち上がったマイクロトフは剣を確かめて管理室を出た。

 夜は冴えていた。
 吐き出した息が白く煙り、風に靡いて消えて行く。
 目を凝らして馬上の人物を探る。その輪郭が確認できるようになった時、マイクロトフは訝し気な表情を驚愕に変えた。
 ――そんな
 近づくにつれて胸のざわめきが大きくなる。
 ――そんなはずは……
 理性が否定しても、心の中は期待に満ち溢れていた。もしも違ったらどうすると、可哀想な心に少しの逃げ場を用意しようとしたが、あの姿を捕らえた瞳がそれを薙ぎ倒すように確信を持った。
 間違いない――
 走り出した瞬間冷たい風が襲って来た。しかし何も感じなかった。前を向き、風に裂かれて涙が頬を切ろうとも、マイクロトフは彼の人目掛けて一心に走った――


『グリンヒルで足留めをされて』
 いつも冷静な彼が寒さの為か頬を紅潮させていた。
『思ったより時間がかかってしまった』
 少し興奮しているようにも見えた。
『我慢ができなかったんだ』
 後はお互い言葉にならなくて。
『我慢できなくて……』
 そればかり繰り返して。
『来ちゃったよ……』
 時間が動きだした。








 情けない顔で笑い合った2人はお互いの夢を果たす約束をした。
 まずは今できることから。
 丁度よい月が出ている。
 月見酒と洒落こもうか。


 最後の手紙はこの胸に。







最早恒例?のED後騎士です。
一体これでいくつED後を書いたのか。とことん好きみたいです。
リクは「マチルダとグラスランドの遠距離恋愛」。
遠距離というと文通しか思い浮かばずこんな形になりました。
ワンパターンで先の読める幸せなんてものが一番好きだったりするのです。