ORANGE FACE







 カチコチカチコチ
 カチコチカチコチ






 無気味な程に静かな夜。









 いつしか消されていた枕元の明かり、完全な暗闇では無いにしろ互いの顔の詳細は分からない。
 確かめあう程の至近距離にもないのだが、不思議な緊張感で二人は少しも動けずに居た。
 カミューは両腕を組んで頭を乗せ、マイクロトフは両腕を組んで腹の上へ。
 ベッドの上でよくも見えない天井を向きながら、二人は黙って仰向けに横たわっていた。
 二人の間には微妙な隙間があり、その幅が不自然に保たれたままでいる。
 毛布から出したままの腕から肩にかけては素肌であり、恐らく二人とも衣服は身につけていない。
 奇妙な時間だけが過ぎて行った。



(マズイ……)
 マイクロトフは腹の上で組んだ指をもぞもぞと動かしていた。
 汗をかいた肩を毛布の外に出していたため、すっかり冷えて全身が肌寒くなってしまった。
 どうにもクシャミが出そうでたまらない。
 しかし今派手な物音をたてるのは気まずい。
(こらえろ……)
 静かに腕を擦りあわせたりして紛らわそうとするのだが、その度に微かな音がもれるのが恥ずかしい。
 かといって腕を毛布の中にしまうというのは今の彼にとっては難問であり、どうにもこうにも身動きが取れないのだ。
「……」
(駄目だっ……)
「……ひょん」
 無理矢理口を閉じたら、潰れたような声が情けなく漏れた。
 その不完全クシャミにびくっとカミューの身体が揺れ、彼は思わず頭に組んでいた腕を外してこちらを振り向く。
 マイクロトフもついカミューを振り返ってしまい、闇を隔てて互いの輪郭を見つめあう形になった。
「……」
「……」
「……」
「……ぷっ」
「……!?」
「やっぱり、こういうのは照れくさいな。マイクロトフ」
 カミューはホラ、とマイクロトフに毛布を寄せ、実は私も寒かったんだと首まで中に潜り込んだ。
 マイクロトフも気恥ずかしそうに肩を毛布の中に隠して、そして少し笑った。
「何か変な感じだな」
「ああ」
「緊張した?」
「今もしてる」
「私もだよ」
「そうは見えないぞ」
「疑り深いなあ……」
 会話が始まったことで少し緊張が解れたのか、カミューはマイクロトフの腕を取って自分の胸に寄せた。
「うわっ……」
「ほら、ドキドキしてるだろ」
「わ、分かるかそんなの!」
「ちゃんと触らないからだよ」
 からかい口調になったということは、カミューはいつもの調子を取り戻したらしい。
 マイクロトフも言い返したいのだが、如何せんまだ恥ずかしさが取れない。
 身体が火照っていたのはほんの少し前のこと。まともに顔を突き合わせることができない。
 ……と思った途端、枕元の電気スタンドに明かりが灯った。
「カミュー!」
 慌ててマイクロトフがスイッチを切る。
 負けじとカミューがスイッチを入れる。マイクロトフが消す。カミューがつける。
 再びマイクロトフが消そうとして、その腕はあっさりカミューに捕まった。
「……、隠れるなよ」
「だ、だが……!」
「暗いとまた緊張するから」
「しかし、」
 赤くなった顔を見られたく無い。必死で顔を隠そうとするマイクロトフに、カミューが投げやりに口を開いた。
「いいから、見ろ! ……私の顔」
「……?」
 腕の隙間から見たカミューの顔、……よく見えなくてそっと腕をずらす。
 薄暗い灯りの中、ほんのりだがカミューの頬は赤く染まっていた。
 形のいい口唇を照れ臭そうにへの字に曲げて。
「……」
「……」
「……くっ」
「……笑うな、マイク」
「しかし……お前のそんな情けない顔は滅多に見れん」
「だから言ったろ、緊張してるって」
「面白くて腹が捩れそうだ」
「……もう黙れ」
「そのほうが可愛いぞ、カミュー」
「言ったな、こいつ!」
 カミューががばっと音を立てて起き上がり、めくれた毛布ごとマイクロトフに突進していった。
 咄嗟のことで完全な無防備だったマイクロトフは防げずに、もみくちゃになりながらカミューの腕に吸い込まれる。
 口唇はぶつかるように重なった。……実際少し歯が当たった。
 軽く舌が触れあった。その隙間からこもった笑い声が漏れた。
 恥ずかしくてたまらなかったけれど、熱が引いてから触れる素肌は気持ちが良かった。
 照れ隠しに、また笑った。




「こんなに緊張すると思わなかった」
「……俺だって」
「恥ずかしいな」
「俺だって」
「幸せだよ」
「……」
 唯一相槌を打たなかった言葉に、カミューは素直じゃ無いやつだとマイクロトフを羽交い締めにする。
 そんな恥ずかしいこと言えるか。
 未だに灯りはぼんやりと枕元を照らすまま、互いの顔も近づかないと表情が分からない。
 それでも奇妙な隙間はいつしかなくなって、寒さを埋めるように微かに肌が寄せられていた。
 横たえた身体を向け合って、見つめ合うのも照れくさく、
「おやすみ」
 枕元の灯りが落ちた。










 カチコチカチコチ
 カチコチカチコチ







さるるさんのお誕生日に大遅刻したプレゼントです(汗)
「枕小話」という素敵リクを頂いてはりきって初夜話を……!(笑)
というわけで初夜の事後ということで(何がというわけなのか)
久しぶりにべたべたさせてみました……。
さるるさんお誕生日おめでとうございますー!