陽が落ちるのが早くなった。 「ここにいたのか」 靴音に振り返ったマイクロトフは、低く優しい声の持ち主に少しだけ微笑みを見せた。 「うわ、少し寒いな」 近付いてきたカミューが肩を竦めて空気を見渡す。 吐き出した息こそ白く曇ることはなかったが、夜を間近にした屋上の気温は無防備な身体に冷たい風を吹き付けて来た。 マイクロトフはカミューの様子にもう少し笑って、高い位地から紫の空をあらためて眺めた。 「しかし景色は絶品だ」 カミューもマイクロトフの隣に立ち、手摺に肘を置く。 「ああ、いい夕焼けが見られるな」 耳を澄ますと遊んでいた子供達が明日の約束をする声が聞こえて来る。城下の人々もそれぞれの部屋へ帰る支度をしているようだ。兵達の訓練の声もこの時間になると聞こえてこなくなった。 今までと何ら変わらない風景、だからこの場所は安心する。 「……カミュー」 「何だ?」 「戻らないのか」 「お前が戻るならそうするよ」 「もうじき陽が落ちてもっと寒くなるぞ」 「それは辛いなあ」 不思議な会話は、未だこの場所に留まることを意味していた。 美しい空は寒さを忘れさせる――なんてことはなく、二人は次第に厳しくなって来る冷気にも関わらずぼんやりと景色を眺め続けていた。 沈黙の時間が心地よいのは、この相手だけ。 太陽はいつものように傾き、夜がやって来る。 目を覚まして朝を迎えれば、戦場に立たなければならない。 故郷を目指して。 「……ああ、綺麗だ」 カミューが呟いた。 その瞳の先と同じものをマイクロトフは見つめていた。 鮮やかな茜の空は眩しくて、あのまま一人で見ていては目が眩んでしまったかもしれない……マイクロトフは目を閉じる。 「カミュー、明日は」 「……ああ、明日は」 二人はほんの少しだけお互いに顔を向ける。 ほんのり赤く染まった夕焼けの下の表情は穏やかで、恐らくお互いに安心したのだ。 カミューが微笑むとマイクロトフが頷く。 ――だからこそ剣を取ることができる。 これで躊躇いを捨てられる……。 再び見据えた空の赤さが二人から言葉を奪っても、カミューもマイクロトフもそこから動くことはなかった。 ふいに、だらりと垂れ下がっていたマイクロトフの指に冷たいものが触れる。 マイクロトフはぴくりと指先を動かして反応したが、振り向きはしなかった。 風に晒されて冷えた指に絡む冷たい指。 ひょっとしたらどちらかは震えていたかもしれない。どちらも震えていたのかもしれない。 空を見上げたまま、密やかに指が触れあって。 密やかに。 ひそやかに。 限り無く能弁な指の戯れ…… マイクロトフはもう一度目を閉じた。 そっとその指を握り返した。 彼の指も力を強めてそれに応えた。 細く、甘く息を吐き出して、マイクロトフは身体の力を抜いた。 明日、この手に剣を握ろう。 刃を向ける相手がどんなに愛しくても。 大丈夫。 大丈夫。 一人きりで乗り越える道ではないのだから。 その先に続く未来が二人には見えているのだから。 指先に熱が灯った頃、空は漆黒に包まれていた。 |
888HITキリリクでやよい日生様に送らせて頂きました。
ってあまりの遅さにびっくりだ。
「指を絡めるお話」ということでいろいろと妄想も働いたりしたのですが、
正統派で健全(?)にしてみました。
一応ロックアックス攻略前夜ということで……。
やよい日生様、こんなのですいませんでした…。
ちなみに画像は前もどこかで使っているのですが、
なかなか気に入った夕陽がないので再び登場。