Ring! Ring! Ring!







 小さな頃、サンタなんていないと思っていた。

 クリスマス時期に家庭で飾られる華やかなツリーも、美しくデコレイトされたケーキも、厳かに光を灯すキャンドルも、自分の家で見ることはできなかった。
『イヴの夜は赤い服を着たサンタがトナカイのそりに乗ってやって来る』
 一度も来てくれなかったサンタ。
 でも本当は、待っていた。

 毎年、待っていたのだ。
 サンタがやって来るのを。



  ***



「見事だな」
 大広間にそびえている飾り付けの完了したツリーを見て、マイクロトフは呟いた。
 12月に入って、同盟軍軍主の姉を始めとする女性陣がやたらと忙しく動いていた。
 どうやらクリスマスに向けてパーティーを開くつもりらしい。
 本拠地の城内はすっかりクリスマス仕様に飾られ、張り詰めていた戦中の空気を自然と緩ませていた。
 しかし悪い緩みではないなとマイクロトフは感じていた。
 気の緩みから兵達の動きが乱れるのは問題だが、この催しを一番喜んでいるのは城内の子供たちである。彼らの笑顔を見る度、この仮の平和を守らなければと強く思う。
 決して悪い方向には働かないだろう。


 ロックアックスほどではないが、大分ノースウィンドゥにも冬の冷え込みが訪れていた。
 先週から出かけた遠征メンバーにはカミューも含まれていて、マイクロトフは久々に長い時間を1人で過ごすこととなっていた。
 いつも一緒に行動していた相手がいないという淋しさはあるが、それで駄々をこねるほど子供でもない。
 隣で眠る温もりの不在に耐えているのは向こうも同じことだろうから。
 しかし、少しだけ気になることがあった。
 昨日軍主の姉・ナナミが軍師に対して訴えていた内容が、「クリスマスまでに遠征組が戻れない」というものだったのだ。
 思いのほか長引いてしまうらしい遠征に、彼女はクリスマスパーティーの延期を考えていたようだったが、時期ごとのイベントは当時に行わないと雰囲気が悪くなる上、楽しみにしていた人々にも迷惑をかけてしまうということで、また新年に向けて企画を練ることで納得したらしい。
 よって今年はどうやら軍主抜きのクリスマスパーティーが開催されるとのことだった。
(間に合わないとは、どれくらいかかるのだろうか)
 年が明けるまでカミューとは会えないのだろうか。
(仕方ないな)
 昼食を終えてレストランを出たマイクロトフは、いつものように道場へ向っていた。
 モールや紙の飾りが施された廊下を長めながら歩いていると、子供たちの小さな集団ができているのを見つけた。
 ふと足を止める。
「サンタなんていねえよ!」
 はっと、目が瞬く。
「違うよ、お母さんがいるって言ってたもん」
「バカだなこいつ、まだしんじてるぞ」
「だっていっつもプレゼントが置いてあるよ!」
 10歳前後だろうか。
 4人の子供の中で1人だけがサンタの存在を信じているようだ。
 どこかで見たような光景。
 マイクロトフは自嘲気味に苦笑いしたが、やがてサンタ否定派の子供たちが口ではなく暴力に訴えようとしていたのを見て、黙っているわけにはいかなくなった。
「喧嘩なら1対1でやるものだ」
 身体の大きなマイクロトフが近付いてくるのを見て、子供たちの表情が恐怖に変わる。
 怒られると思ったらしく、否定派の3人は慌てて逃げ出して行った。
 残った1人も怯えていたが、「大丈夫か?」とマイクロトフが彼の目の高さまで腰を屈めると、
「うん。」
 と小さく頷いた。

「彼らは友達ではないのか?」
「友達だけど……」
 少年はぎゅっと握り拳を作り、口唇を噛んで俯いた。
 マイクロトフは微笑んで、少年の頭をひと掴みできそうな手のひらで彼の髪をくしゃっと握る。
「……サンタクロースの話をしていたのだな。」
 マイクロトフを見上げた少年は、小さな声を振り絞る。
「みんな……サンタなんかいないって言うんだ……お父さんとお母さんがサンタのふりしてるって……」
 マイクロトフは優しく笑いかけ、少年の頭をぽんぽんと撫でてやった。
「君は信じているのだな。サンタがいると」
「……うん……」
「ならば堂々としているといい。……俺もサンタはいると思うぞ」
 その言葉に彼ははっと顔を上げる。
「本当?」
「ああ」
 少年の目が輝いた。
「ありがとう!」
 ようやく純粋な笑顔を見せた少年は、足取りも軽く友人達の去った方向へ駆け出して行った。
 マイクロトフは立ち上がって彼の後ろ姿を見送る。
 -----どこかで見た光景。
 マイクロトフは目を細めて思い出していた。
 もっとも、今の彼と自分とでは丸っきり逆の状態だったのだが……



『サンタなんていない』
 力を込めて呟く自分に、友人たちは悪意無き攻撃を仕掛ける。
『サンタが来ないのはマイクロトフのとこだけだぜ』
『そうだそうだ、俺たち毎年サンタからプレゼントしてもらってるもん』
 集団の中で、心安らかに笑ったことはなかった。
 それでもいつだって彼らを正面から見返してやった。
『お母さんが言ってた、いい子にしてないとサンタさんが来ないって』
『マイクロトフはいい子じゃないんだ』
『マイクロトフは悪い子だ!』
『違う!』
 堪え切れずに掴み掛かった小さな手、顔にも身体にもたくさんの傷をこさえて。

『サンタなんていない!』



 マイクロトフはそっと目を伏せる。
 ……今の腰ほどの背丈だっただろうか……。
 厳格な祖父はこういった行事ごとにはとんと疎く、クリスマスも正月も全く関係なしであった。
 恐らく祖父本人も知らなかったのであろう、子供心に憧れていたツリーもケーキもキャンドルも我が家では一度も見ることができず、クリスマスが近くなると華やかな街を通るのが辛かった。
 だからといって祖父を恨んだわけではない。……知らなかっただけなのだ。
 騎士として生き、騎士にするべく自分を育ててくれた義理の祖父に心から感謝している。
 ただ。
 ただ、少しだけ、憧れてはいたのだ。
 クリスマスを間近に、緑鮮やかなツリーにモールを飾ること。
 大きなケーキをキャンドルの炎が照らし、暖かい部屋でクリスマスを祝うこと。
 どきどきしながら眠って目が覚めた後、枕元にプレゼントがそっと置かれていること。

 ツリーもケーキもキャンドルも、……プレゼントを抱えたサンタがやってくることもなかった。
 イヴの夜、自分の部屋の窓から見える家々が、暖かくいつまでも明かりが灯っているのを毎年ぼんやり眺めていた。


 本当は毎年、待っていた。
 サンタがやって来るのを。




 ***


「はい、マイクロトフさん。」
 夕食も終わりそれぞれの時間を過ごす頃、ナナミが部屋にやってきた。
 今夜のイヴのため、小さなツリーを城の皆でひとつひとつ作ったのだという。
「これ、飾っておいてね。パーティーは全員揃わないかもしれないけど、明日絶対来てね。」
「わざわざ有り難うございます。部屋に飾っておきましょう」
 手のひらに乗るサイズのツリーを受け取り、彼女は他の兵達にも配るべく自室を後にした。
 マイクロトフは可愛らしいツリーを机上に乗せ、ふっと笑みを零す。
「ツリーを飾ったのは初めてだな。」
 ベッドに腰掛けて、小さなツリーを眺めた。
 城の中ではたくさんの想いが溢れていることだろう。
 今夜だけは子供達も夜更かしをやめ、サンタが訪れるのを待ち望んで眠りにつくのだ。
 そして、クリスマスの朝に歓声を上げる。
 マイクロトフはカーテンが開いたままの窓から外を眺めて、未だ赤々とライトが灯る中庭を見下ろした。
 ……カミューは今頃何をしているだろうか。
「……もうこんな時間か……。」
 気を紛らわすように時計を見て、夜着に着替え始める。
 イヴの夜が更けてゆく。



『サンタなんていない……』
 弱々しく呟くのは自分の声。
 誰もいなくなった広場で、1人自分の影を見つめていた。
 食いしばった歯は、涙を堪えていたのだろうか?
“マイクロトフは悪い子だ”
 違う。
 悪い子なんかじゃない。
 いい子にしてたらサンタが来てくれる。
 毎年どきどきしながら眠って、目が覚めた枕元にはいつも何もなかった。
 だから尚更両脚を踏ん張ったのだ。
 いつか来てくれる。
 悪い子なんかじゃない。
 いい子にしてるから。
 悪い子なんかじゃない……









 ふわ、と。
 空気が揺れる感覚に、ぼんやり睫毛が動いた。
 なんだか鈍い光が揺らめいているような気がする。
 瞼の裏に、赤く映る優しい光。
 まだ半分眠ったまま、瞳を動かした。


『いい子にしてたらサンタさんがやって来るよ。』


 うっすら開いた瞼の間に、ぼうっと光りが揺れている。
 綺麗だな。
 なんだろう。


『イヴの夜には、トナカイに乗ってサンタさんがやって来るよ。』


 揺れているのは炎。
 暗闇の中でひとつ、ふたつ、……ゆらゆらと燃えている。


『赤い服を着たサンタさんが、やって来るよ。』


 赤い服。


 飛び起きたマイクロトフを、驚いてカミューは振り向いた。
「……起こしちゃったのか。ごめん、マイク」
「……カミュー……? どうして……」
 カミューはまだ状況が判っていないマイクロトフに優しく微笑むと、ベッドのふちに腰掛けた。
「思ったより順調に進むことができてね、さっき帰ってこれたんだ。もちろん明日のパーティーには軍主殿も参加できるよ。」
 マイクロトフは瞬きを繰り返し、まだ暗い部屋の中と、テーブルに並べられた数本のキャンドルを見て、カミューを見た。
「これは……」
「お前を驚かそうと思ってね。クリスマスになったらそっと起こそうと思ってたんだ。でも、充分驚いてくれたみたいだな。」
 実はケーキも買ってきたんだ、とカミューは楽しそうに笑った。
 イヴの夜に、赤い服を着たサンタが。
「ん、……どうした、マイク?」
「……カミュー」
 ツリーとケーキとキャンドルと。
 そして、いい子にしていたらサンタが。
「マイク……?」
 マイクロトフが口唇を噛んで俯くのを、カミューはそっと寄り添って覗き込んだ。
 いつだって正面から見返してやったのだ。だけど今は。
「…………」
 カミューはそっとマイクロトフを抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いてやった。
 マイクロトフは弱々しくカミューに腕を伸ばす。
「カミュー……、話を、聞いてほしいんだ……。俺の、子供の頃の……」
「……うん、聞かせて。マイクの話。」
 マイクロトフの頭をきゅっと抱き込み、カミューはそっと時計を見る。
「ああ、クリスマスになるよ、マイク。」
 イヴが終わる。





 初めて俺にサンタがやって来た。







500HITキリリク「クリスマスの幸せなカミマイ」……
クリスマスギリギリでした……(汗)
とりあえずマイクが孤児の設定として書きました。
出生も謎で、置き去りにされていたのを
引退した老騎士が引き取ったことになってます。
リクエスト有難うございました!