STORMY NIGHT







 近しい存在だった。
 俺達の関係を親友と呼ぶのなら“友人”としか名のつけようがないが、俺達が恋人と呼ばれるのなら彼は確かに“親友”であった。
 人とあまり深くつきあわないカミューが彼に随分心を許していたようだった。
 俺もまた、思慮深い彼の態度が好きだった。

 彼が致命傷を受けたのはロックアックス攻防戦。
 カミューは彼の最期を看取ったのだという。
 俺が本陣に戻ってから見た彼の赤い騎士服は、どす黒く変色していた。
 「あまり苦しむ事はなかったようだ」とカミューは静かに呟いた。
 カミューは酷く静かな瞳で、少しずつ少しずつ現実を呑み込もうとしているようだった。





 窓を叩き付ける風が真夜中になってもやむことはなかった。
 部屋の中には薄暗いルームランプが橙色の光を灯し、俺はゆったりカミューの腕の中で息をつく。
 カミューは俺に擦りよるように鼻や頬を押し付けてくる。
「風が、うるさいな。」
 カミューの肩に頭を乗せて呟く。
 どこからか隙間風が入るのか、肌が外気に晒されると一瞬にして冷えた。思わずはみ出た肩から背中にかけて鳥肌が走ると、カミューがそっと抱き寄せてくる。
「うん……、もっとこっちへ。冷えるから」
「ああ……」
 冷たくなった俺の背中を優しく撫で、カミューの手の下で肌がだんだん温まってゆく。
「……」
 何か言いたげなカミューの口唇の動きに、「何だ?」と尋ねてやる。
 カミューは躊躇いがちに苦笑いしたが、更に俺の身体を引き寄せて囁く。
「温かくなって、よかった」
「……」
「とても冷たかったから」
 俺はそっとカミューの腕の中から抜け出し、代わりにカミューの頭を抱き込んでやった。
「大丈夫だ……俺は、ちゃんと生きてる」
「うん……」
「何度も確認しただろう?」
「……うん……」
 本拠地に戻って酷く性急に俺を抱いたカミューは、らしくなく余裕がなかった。
 らしくない、というのは本当は当てはまらない。カミューのあの態度が「らしくない」と思っているのは俺以外の人間であり、俺はカミュー「らしい」焦燥感に却って安堵したくらいなのだから。
「マイク……」
 俺の腕の中で、カミューがくぐもった声を出す。
「私が死んだら、マイクは哀しむかな。」
 頼り無い声色に、宥めるように髪を撫でてやった。
「哀しみはしないだろうな。ただ……」
「ただ?」
「お前を憎む。俺をこんなにして置いていくなんて。」
 ふ、と胸の上でカミューが笑った。
「お前に憎まれるのは嫌だな」
「肝に命じておけ」
「そうだね……」
 カミューの髪を撫でる。
 気持ちがいいのか、俺の胸にすっかり頭を預けて目を閉じている。
 優しくしたくなる。
 突き放したくなる。
 抱き締めたくなる。
「……お前は、哀しむのか?」
「私……?」
「俺が死んだら。哀しむのか?」
「哀しみはしないよ。でも」
 ひょい、と頭をずらして視線を合わせたカミューの弱々しい笑顔に、髪を撫でる手が止まる。
「私の心を護るために、違う世界へ行ってしまうだろうね。」
「違う世界?」
「そう。マイクのいる世界。」
「……そんなところへ行くな。」
「うん……、できることなら行きたくないな、私も……」
 「行かせない」とは言えなかった。言葉が酷く頼り無いことを知っているから。
 それでも無言の約束だった。それが守られたかどうか判るのは、お互いの最期の時なのだけれど。
 カミューが細くため息をつく。吐息はまだ熱く、息のかかった肌がぞくりと震えた。
「とてもあっけなかった」
 落ち着いた声。
 少し会話を交わしたことで掠れていた声が元に戻っている。
「はた目には判らなかった。何か起こったのかなんて。言葉を遺す間もなかったよ。手を取って、確かに私の目を見たのだけれど、それで終わりだった。それもほんの瞬間だった。だから……苦痛は少なかったかもしれないけど」
 一旦言葉を区切って息をついたカミューは、頬を胸に押し付けるようにして再び口を開いた。
「何も遺せなかった。汲み取ってやることもできなかった。ほんの一瞬だったんだ、目が合ったのは。……あれでは私には判らなかった」
「仕方がない……親しい間柄とはいえ、限度があるものだ」
「限度……」
「お互いの心に入り込む事ができる限度が」
「……」
 限界を超えることができるのは、唯一の存在だけ。
 そんなことは知っている。問題はそんなことではなくて。
 彼にはその存在が、いたのだろうか。
「もし……」
「……もし?」
「もし私が、同じ状況になったら、マイクは私の伝えることが判るだろうか」
「……」
「私はほんの一瞬で、声も出せない状態で、視線を合わせるだけでお前に伝えることができるかな? マイクは判ってくれるだろうか? ……その時に私は、何を伝えたいんだろう?」
 閉じた瞼で微かに震える長い睫毛に、ぼんやりと見とれながら答える。
「……判るわけがない。判りたくもない。」
「……」
「大切なのはその瞬間が訪れる前までの時間だ。俺達にはまだその瞬間を迎える準備ができていない。だから判るわけがない。」
「準備……か……」
「そうだ」
 もう一度きつくカミューの頭を抱き締めた。
 誰がこの情けない声を出す男を独りにしてやるものか。
 誰がこの甘え方も知らない男に置いていかれるものか。
「だからまだ、お前から離れてなどやらない。俺には何も遺すことなどない。離れてやらない」
「……マイク」
 ずず、とずり上がってくるカミューの身体、腕を伸ばして俺の頬に触れた。お互いの顔を包むように見つめあったその視線に、最期に伝えたいことばなど用意できるわけがない。
 まだそんな準備はできていない。
「私も、離してやれないよ……離さない」
「離すな。俺も離れない」
「離さないよ」
 縋り付くように腕を回してくるカミューは、きつく俺の首筋に口唇を当てた。
 吸い上げられる感覚に恍惚の表情を浮かべる。

「私のマイク」
 俺のカミュー。
「……俺のマイク……」
 俺の、カミュー。


 首に顔を埋める彼のうなじを口唇で辿って、
 そっと。
 彼の肩に歯を立てた。






 確かだったのは、永遠に眠る彼の表情が柔らかかったこと。
 彼には準備ができていたのだろうか。


 ガタガタと窓が風に煽られて音を立てる。
 どこからか隙間風が、密やかにカーテンを揺らした。






仮サイト時のしょんぼり掲示板初カキコで
キリリク権をゲットしたたまさんへ捧げもの。
リクは「思いっきりギャグか大人」だったのですが……
初め口に出すのも恥ずかしいギャグを考えていたのが
捧げた駄文をたまさんの御本に載せてもらうことになり急遽変更(笑)。
大人カミマイを目指してみました……。
しかし何故キスもしてないのにえろくさいのか……。
たまさん、申し訳ないです!そして有難うございました!