夢と闇と君と






「いやはや。なかなか凄いな」
 カミューは眉を垂らして肩を竦めたが、その目が何処か楽し気に笑っている。
 マイクロトフはと言えば、それなりに本気で困っていた。これまで贅沢な暮らしをして来た訳ではないが、自分とカミューはマチルダ騎士団の一角を束ねる赤騎士団長と青騎士団長である。今となっては昔の肩書きだが。
 ここは同盟軍、ハイランドに対する主要の抵抗勢力として著しい力を貯えつつあるこの城に、カミューとマイクロトフが合流することになったのはつい先週の話だった。
 一悶着(という言葉で片付けられるものではなかったが)の後、騎士としての立場を失うことになった二人は追われるように騎士団領を出た。ここに至るまでの経緯はそれなりに長くなるので、またいつか。
 ロックアックス城の赤・青騎士団長から同盟軍の一剣士となることを選んだ二人は、軍主である少年に大層なもてなしを受けた。それはマイクロトフが恐縮しすぎて、少年に目線を合わせるために思わずしゃがみ込むほどではあった。
 そうしてこの城に着いて、初めて通された二人の部屋。二人部屋、とは少々異なっていた。
「……壁、隙間空いてるみたいだね」
 カミューの呟き通り、窓も開いていないのにカーテンの裾がひらひらと揺れている。
 マイクロトフは改めて室内を見渡した。天井に埃。壁に染み、穴。床に傷、釘の頭。家具は腰の高さほどの机と、年期の入った本棚。そしてベッドはひとつだけ。
 長年人が住んでいなかったこの城は、今でも全ての部分を修復し切っていない。工事が人の増えるスピードに追い付かないのだ。
「仕方がないとは言え、まさか一人床で寝る指令が下るとはね」
「改築と増築の途中だそうだが、部屋をひとつ与えて頂いただけでも良しとしなければな……」
「マイクロトフ、口調が嬉しそうじゃないぞ」
「うるさい。なんでお前は楽しそうなんだ」
 少し尖らせた口唇をカミューに向け、カミューはそんなマイクロトフにはっきり破顔した。
「だって秘密基地みたいじゃないか。」
 呆れたマイクロトフは、……釣られて笑った。





 ロックアックスではもうすぐ冬を迎える。
 雪が散らつく前に腹に綿毛を称えた雪虫が宙を舞う頃だ。
 この土地では雪が降り積もるほどの冬を迎えることはないのだろう。
 夜の寒さは変わらずだけれど。





「床は寒いなー、寒いなー。」
「……黙って寝ろ」
 日中は何かと慌ただしく軍事的な立場で動いていたため、就寝は普段の生活よりもずっと遅かった。
 どちらが床で寝るかといったところで、民主的にじゃんけんを提案したマイクロトフは、勝負に勝ったため安心してベッドに入っていた。これがカミューの気配りで譲られたとなると、どうしてか断わりたくなる意固地な性格である。カミューもその辺りは心得ていたようで、じゃんけんの後に交代制を申し入れた。一晩おきに互いがベッドを使うことで示談が成立した。――これで余計な気遣いは無しだ。
 ひやりと冷えた床に敷いた布団からは否応無しに冷気が伝わって来る。その上隙間風は止む気配がない。
「やっぱりこんなに南下しても冬は寒いんだなあ」
「当たり前の事を言ってないで寝るぞ」
「これは交代制でも辛いなあ……」
「……そんなに寒いのか」
 それならば、とマイクロトフは身体を起こそうとした。自分も寒さに強い訳ではないが、カミューがそこまで言うならベッドを譲ってもいい、そう思ったのだ。
 ところが起こしかけた身体に何かがのしかかって来た。
「カミュー!」
 何かなんて判断する前にマイクロトフは小声で怒鳴った。隣の部屋にはこの城の傭兵が眠っているはずなのだ。夜中に騒ぐのは良くない――そんなマイクロトフをしり目に、ベッドに片足上げたカミューはそのまま布団に潜り込んで来る。
「おいカミュー、」
「ああ、ここはあったかいなあ」
「馬鹿、ベッドを使いたいなら俺が降りる。脚を掴むな!」
「くっついて寝た方が温かいよ。床じゃ風邪をひく」
 カミューのくぐもった声が布団の下から聞こえたかと思うと、マイクロトフはぐいっとふくらはぎ辺りを掴まれて奥へと引きずり込まれた。もがくとめくれたシーツから冷気が針を飛ばして来る。本能的にも内側へと潜り込んで、暗闇の中でマイクロトフは怒った顔をしてみせた。
 布団の中で分かりっこないと思っていたが、カミューがさも楽しそうに笑ったのは空気の感触からよく分かった。暗闇から伸びる手にマイクロトフが一瞬腰を引く。カミューの指が頬に触れると、暖まりかけた指先がほんのり熱を残して行く。
 またカミューが笑った。マイクロトフはそれが分かって苦笑した。するとカミューにも笑みが伝わったのだろう、カミューの顔がマイクロトフへ近付いて来る。
 マイクロトフは仕方なしに笑ったまま、目を閉じた。開いてようが閉じてようが同じことだ。こもった闇の中では二人の熱が空気を支配していて、僅かに揺れる呼吸の流れがお互いの表情を照らし出すのだ。
 鼻や顎にぶつかりながら、二人は辿々しく口唇を合わせた。二人とも寒さで少しかさついていた。何度目かの口付けでマイクロトフの口唇を舐めたカミューは、そのままマイクロトフを抱いて肌を寄せる。
 ――確かにくっついていたほうが暖かい。
 マイクロトフは観念して、布団に潜り込んだ状態から寝の体勢を整え始めた。さすがに男二人は狭いが、落っこちさえしなければ多少窮屈でも我慢できるだろう。
 布団から顔を出すと頬の熱が一瞬で引いた。暗闇に吐き出した息は恐らく白かったのだろう。二人は首まで毛布を引き上げて、じゃれ合いの後のように腕を絡めて眠りについた。
 ロックアックスでは今頃雪になっているかもしれない。何故だかお互いが出逢った頃を思い出していた。




 目を閉じると、冷たい床にエンブレムの落ちる音。
 けれど明日の朝、目を開けばそこに君がいる。
 ……泣きたくなるのは年を取ったからだろうか。






寒中お見舞い申し上げます。
今年もカミマイでまったりやっていきます。
寒い日が続いております、お身体に御注意下さい。

2003.01.30 蒼玻玲拝

↑また当時の文そのまま。
これでリバイバル企画終了です。
もう4年近く前の文章なんだなあ……