ああ、神よ。 ボクの何がいけないのでしょう。 また、大切な魂を悪魔に奪われてしまいました。 彷徨いかけた魂を天界に連れて行くのがボクの役目。 ボクの声を聞かず、彼らはいつも悪魔に耳を傾けます。 ボクの言葉よりも、悪魔の言葉に身を委ねてしまいます。 ボクに足りないものは何でしょう? ボクの何が悪いのでしょう。 ボクはどうしたら、彼らを救うことができるでしょうか…… ――アキラよ。 お前は人の心というものを知らぬ。 人間ほど複雑かつ単純な生き物は存在しないのだ。 悪魔はその隙をよく知っている。 お前に心の痛みは分かるまい。 お前に人の憂いや嘆きは分かるまい。 すなわちお前には感情というものが、そう、悦びですらお前には分からぬのだ。 お前の言葉は人間にとって上辺だけの詭弁にすぎぬ。 奥深い囁きが必要なのだ。 深い深い、奥底に響く囁きが。 神よ。 貴方のおっしゃることがボクにはよく分かりません。 人の奥深さとは何ですか? 人間など、愚かで哀れな生き物ではありませんか。 可哀想な彼らを、天界へ導くのがボクの役目。 ボクは今度こそ、彼らの魂を救ってみせます。 ああ、また哀れな魂の嘆きが悪魔を引き寄せているのが見える。 大切な人を失った叫び。 独りぼっちで取り残された魂が、悪魔に連れて行かれようとしている。 そうはさせない。今度こそ、ボクが彼を救ってみせよう。 彼の身を悪魔に委ねさせないために、大切な人を失った後もボクの声に耳を傾けられるように、 ボクが――キミの傍でキミの生きる力となろう。 いざ、時を遡り、彼が大切な人を失う数年前の地上へ。 さあ、ボクの声を聞き給え―― そうしてボクはキミの前に姿を現した。 金色の前髪を靡かせ、ともすればボクよりずっと天の使いに相応しいその姿。 ――俺、お前とは打たないぜ―― ボクが君の道標となろう。 ――俺の幻影なんか追ってると、ホントの俺にいつか足元救われるぞ―― キミが大切なものを失ってしまっても、目指したものを見失わないように。 ――俺はもう打たない―― ボクがキミを追い、キミがボクを追う。 ――ごめん…… キミが、ボクを…… 「俺、碁をやめない。ずっとこの道を歩く――これだけ、言いに来たんだ。お前に。」 ――神よ! ああ、神よ。 お赦し下さい。 ボクは、ボクはこれ以上彼の魂を導くことができません。 ボクは……、ボクは、彼と共に歩きたい。 天界へも魔界へも、彼をどこにも連れて行かせたくない。 ボク以外に彼を見つめるものなど全て滅びてしまうがいい! お赦し下さい、神よ。 ボクにはもう彼を救うことができません。 ボクはもう…… ――アキラよ。 人の心の深淵に引きずり込まれたお前は、最早天の使いとしての役目を果たすことはできぬ。 そなたが愚かで哀れと称した人間の奥深さに呑まれ、その身が朽ちるまでもがくがよい。 ――せめて悪魔に隙を見せぬように―― *** ……や、……うや…… 「塔矢!」 はっと目を開いたその視界の先に、眩しいほどの金色が揺れていた。 目を大きく見開いたまま呆然と揺れる金髪を見つめているアキラの肩に、心配そうに見下ろしていたヒカルがそっと触れる。 その感触に、アキラの身体が微かに怖じ気付いた。 「塔矢……、大丈夫か?」 今にも泣き出しそうな顔のヒカルにアキラは狼狽を隠せない。 見れば、簡素なベッドに服のまま寝かされている。 「お前、倒れたんだよ急に。本因坊戦のリーグ入り決めた後……、俺が、突然来たからか? お前のこと驚かせたから?」 「……、しんどう」 口唇に乗せたその名が、やけにぞくりと全身を粟立たせた。 なんだか、身体が酷く重くて硬い。まるで自分の身体に殻が纏わりついているような、奇妙な違和感がある。 進藤。――そう、彼は進藤ヒカル。 碁の道を目指す自分の前に現れた、不思議な少年。 彼の存在がアキラの全てを新しいものに変えていった。 その彼が一度はこう言ったのだ。「俺はもう打たない」と。 何もかもを諦めた目で、彼はアキラを拒絶した。 いいや、そんなはずはない。彼は来る。ヒカルはきっと追って来る。 アキラが歩くこの道を、ヒカルもまた追って来るに違いない。 直感を信じて、アキラは碁を打ち続けた…… 「なあ……、なあ、俺、もう打たないなんて言わないから。俺、お前ともっと打ちたい。だからお前、ずっと俺の傍にいてくれよ。これからもずっと、俺と……打ってくれよ……」 はらりと零れた美しい雫に見蕩れて、アキラはぱちんと胸のうちで弾ける音を聴いた。 ああ、そうだ。 ボクは塔矢アキラ。 彼を生涯のライバルと定めた、進藤ヒカルを対の存在と認めたボク。 彼が真直ぐにボクを見て、ボクの意志に応えてくれた。 その時、ボクの何かが生まれ変わった。 「追って来い」と……、告げた瞬間、ボクと彼の新しい世界が時を刻み始めたんだ。 「……進藤」 肩に触れるヒカルの手にそっと手を重ね、アキラは瞳に力を込めた。 身体を起こし、すっと顎を上げて、頬を濡らしているヒカルを見据える。 「打とう。何十局でも何百局でも。ボクは常にキミの前を歩いてみせる。死にものぐるいで追って来い」 ヒカルは数回瞬きし、それから一度だけぐしゃりと瞼を閉じかけて、すぐににっと口角を釣り上げた。 その力強い笑顔にアキラの目が眩む。 「……ああ!」 ヒカルが差し出した手を、アキラは咄嗟に握り締めた。 繋がった手と手の温もりが身体を駆け巡り、違和感のあった殻のような感触が少しずつ皮膚から離れて行く。 何かを忘れてしまったような気がする。しかし今はもうどうでもいいことだ。 確かに繋いだこの手の熱が、アキラとヒカルを繋ぐ未来への道標。 この手を離さずに、共に同じ道を行こう。 例えその先に、深い深い闇の底への誘惑がぱっくりと口を開けていたとしても。 さあ、奇跡の世界への扉を、ここから―― |
アキラ HAPPY BIRTHDAY !!
うわっなんだこれは。神様説得力ねえなあ。
バンビーナと対にしようと思ったわけではありませんが、
キーワード被ってしまいました。
なんかいろいろ訳がワカリマセンがとりあえずアキラおめでとう!
(BGM:ANGEL/氷室京介)