今回の意地の張り合いは結構長い、と思う。 ささいな言い争いが発端だったに過ぎないはずなのに、どちらも一歩も引かないまま数日が経過してしまった。自分はその争いの種もよく覚えているが、彼はそんなことすら忘れてしまっているかもしれない。 口をきかない、目も合わせない、しかしそれは同じマンションで共同生活を行っているのだからその狭い空間でできる範囲で。 不毛な争いだと思う。どちらかが折れるのをお互いに待っているのだ。 片方が、ちょっとでも柔らかい態度に変わったら、もう片方もすぐに合わせられる態勢は整っているはずなのに。 アキラは一計を案じた。 大抵の喧嘩では自分が先に折れる。 しかし、そう何度も彼を甘やかす訳にはいかない。 そもそも今回のことだって、元はと言えばヒカルが悪かったはずなのだ。 絶対に折れてやるもんか。――でもそろそろ彼を抱き締めたい。 自然の成りゆきをいつまで待っていても埒があかないから、彼が折れやすいようにお膳立てだけはしてあげよう。 *** その日、ヒカルは帰宅してすぐにリビングで固まった。 部屋の中央にどんと置かれたこたつテーブル。随分広いスペースを占領したこたつ布団が挟まって、リビングのドアの対面の位置におかっぱ頭の恋人がどっかり座っている。 こたつに入る塔矢アキラ。意外なような、妙にしっくりするような。 否、問題はそんなことではない。朝までは押し入れの奥にしっかり押し込まれていたこたつがヒカルが帰宅するまでに用意され、その中にアキラがぬくぬくと入っていることが何を意味するか。 (ははーん……) ヒカルは顎に手を当て、半眼でちらりとアキラを睨んだ。 こたつでのんびり新聞なんか読んでいるアキラは、ヒカルが帰って来たというのに「おかえり」の一言もない。もちろんヒカルも「ただいま」なんて口にしていなかった。 もっとも、この状態は数日前からずっと続いている。いつもならそろそろアキラが折れるはずなのに、今回はしぶとく粘っている――このこたつを見たところ、アキラは投了するつもりはないようだ。 確かに朝晩の冷え込みが増し、吐く息も時折白く濁るこの季節、こたつが恋しくなってくる。 こたつを餌に、ヒカルを釣る気なのだ。 そうはいくかと胸を反らせるが、目の前のこたつに心惹かれるのも事実。 昨シーズンの、すっかりこたつに入り浸り、身の回りの世話をほとんどアキラに任せてだらだらしていた贅沢な日々を思い出してうっとり目を細めたくなる。 あの厚みのあるこたつ布団の内側に身体を潜り込ませてしまえば、もう何もしたくなくなる。衣食住の全てをそこで行えたらと無茶な願望を抱いてしまう。何とも魅惑的な四角い空間。 黙々と新聞を読んでいるアキラ一人に占領させるのは勿体無い。 ヒカルはそろりとアキラの対面のこたつ布団をめくり上げた。 「……!」 そこにはアキラの足があった。 どうやらヒカルを簡単に中に入れないよう、いつもはきっちり正座している足を伸ばしているようだ。 反対側の布団からはみ出んばかりに伸ばされた足に、ヒカルはむっと顔を顰めた。アキラは素知らぬ顔でわざとらしくガサガサ音を立てながら、新聞を読み続けている。 ヒカルはフンと小さく鼻を鳴らし、こたつの傍にどっかりあぐらを掻いた。アキラがその気ならこたつになんか入ってやるものか。 買って来た漫画雑誌をリュックから取り出し、負けじとばさばさページをめくる音を立てて読み始める。五分程経過した頃だろうか、ヒカルの鼻を柑橘系の香りがくすぐった。 思わず顔を上げたヒカルの目に、いつの間に用意していたのか、アキラが皿に美しくピラミッド型に盛られたみかんをどんとテーブルの上に置いていた。そうしておもむろに皮を剥き始めた。 ヒカルは口唇を噛む。こたつにみかんだなんて卑怯だ――そう口にしたいけれどそれは敗北宣言と同じこと。 甘酸っぱい匂いを無視して、漫画に視線を戻す。しかしストーリーなど頭に入って来ない。暖かいこたつの中で喉を潤すオレンジ色の果実の誘惑のほうがずっと大きい。 ヒカルは渋い表情で口唇を噛み、ついに根をあげることにした。 雑誌を閉じて、拗ねたように肩を竦めながら、じっとり恨みがましい目でアキラを振り返る。 「……俺のみかんは?」 その言葉に、新聞とみかんだけに視線を注いでいたアキラの顔がぴくりと持ち上がり、一秒の間を置いて嬉しそうに輝いた。 「……あるよ。おいで」 そう答えて新聞を閉じたアキラは、こたつに入ったままヒカルに腕を広げてみせた。 ヒカルは仕方なくといった様子に加え、それでもやっぱりはにかむように微笑んでその腕に応える。 声をかけたのは喧嘩して決裂して以来初めてだった。久しぶりに発したヒカルの言葉がみかんについて尋ねるものだったというのに、アキラは酷く嬉しそうだった。 アキラに導かれるまま、ヒカルはこたつの中に入る。アキラの対面ではなく、今まさにアキラが入っているその一角に、アキラの足の間に身体を挟ませるように潜り込む。 そうすると後ろからきゅっと抱き締めてくれるアキラのおかげで、背中も暖かい。甘えるように後頭部をアキラの肩に擦り寄せると、アキラは優しく髪を撫でてくれた。 「なー、俺のみかん」 「はいはい、今剥くから待って。甘くて美味しいよ」 ヒカルを胸に抱えたまま、アキラはみかんの皮に指を指す。 ぷしゅ、と小さな破裂音と共に、香しい酸味のある香りが二人を包んだ。 ――今回はボクの勝ちだ。 ヒカルの好きなアイテムばかりを集めたおかげか、遂にヒカルの口を開かせることに成功した。 たった一言を聞くために辛抱した時間は長かった。久しぶりのヒカルの声。こたつとみかんを見せつけられて少々憮然としていたようだったが、一度警戒を解いてしまえば後は何のその、すっかり機嫌も直って腕の中。 数日我慢させられた分、今晩は覚悟してもらわなくては。 丁寧にみかんの皮を剥いて、目立った白い筋もきれいにとって、ひとつひとつ解したみかんの房をヒカルの口に入れてやりながら、アキラはひっそりほくそ笑んだ。 ――やっぱコイツ、単純だよな。 ちょっと先に声をかけたからって大喜びしてさ。 こっちが折れたフリしたら、途端に甘やかしモードに入るのって自覚ないのかね。 でもま、いいや。大体何で怒ってたかも忘れちゃったし。 満足するまでコイツにみかん食わせてもらって、あったかいこたつと腕の中でぬくぬくして、いざコイツが獣の本性表したら奥の手「居眠り」で先手を取ってやろう。 分かってんだ。油断させてるつもりだってのは。 でも、コイツが俺のことを知ってる以上に、俺はコイツのことをよく分かってる。 何の不安もなく目を閉じて、体重を完全に預けてしまった俺の寝顔に、コイツが手出しなんかできないってこと。 ささやかなお返しだ。ざまあみろ。 その時まで、しばらく甘酸っぱいみかんとこたつとコイツの温もりを堪能させてもらおう。 みかんもういっこ剥いて。 アキラは鮮やかに破顔した。 |
6周年記念リクエスト内容(原文のまま):
「アキラとヒカルで「炬燵」で「みかん」。
アキラにみかんを食べさせてもらうヒカル
(そういうおねだりが上手そうなアオバさんのヒカルさん・・・)、
いたずらでアキラさんの指をなめちゃうヒカルさんに
アキラさんはどうするのか・・・はアオバさんのお好みで♪
甘々だと嬉しいです。」
なんかアキラさんが哀れなだけの話に……!
相変わらず何のひねりもないですね……
そして書き終わってから指舐めてねえと気付き、
修正しようとしたもののうまくいれられずそのままに!
いつも何か抜けててすいません……
リクエストありがとうございました!
(BGM:Filp Flop & Fly/山下久美子)