宝石






 今年もあと残り僅か。
 アイツの誕生日も終わってクリスマスも過ぎて、十二月の日数は片手で数えられるほどになった。
 師走という雰囲気がそうさせるのが、自然と周囲も慌しくなる。もっとも仕事の内容は相変わらずで、飲み会に引っ張り出される回数が増えるだけのことだけれど。
 今日は久しぶりに何の予定も入らず、二年前から一人暮らしをしているアパートの部屋でのんびり年賀状なんかを書いていた。
 今までは元旦に届いた人にだけ返信していたけど、さすがに大人になるとそうもいかなくなって、今年一年お世話になった関係者にはなるべく今年のうちに年賀状を出すようにしている。まあ、ギリギリに出すから元旦には届いていないかもしれないけど。要は気持ちの問題だ。
 そんなのんびりとした時間が、あまり長く続かないだろうことは予想の範疇だった。
 そろそろアイツの忘年会が終わった頃だろう。ここに来るまであと三十分といったところだろうか……


 ピンポンピンポンピンポーン……


 ……三十分もかからなかった。
 やれやれ、と立ち上がる。
 あまり長く玄関前で待たせるのはよろしくない。今のアイツは何をしでかすか分からないから。
 ため息をつきつつ、足早に玄関へ向かってドアを開けてやる。
 ドアの前には、顔いっぱいの笑顔です! といった感じでにっこにこ笑っている塔矢アキラが立っていた。
「しんどう、こんばんは」
「はい、こんばんは。入れ」
 ぽやっとした声で挨拶をするアキラの腕を掴み、玄関の中に引っ張り込む。こんな頭に花が咲いたような状態のコイツが人目につくのは避けたい。
 引っ張りこまれたまま、アキラは俺にしがみつくように腕を絡ませてきた。
「しんどう、ただいま」
「ここは俺ん家だ。おら、靴脱げ。脱げるか?」
 でかい図体でがっしりしがみついているアキラを支えながら、靴を脱ぐのを手伝ってやる。足取りが怪しいので、革靴を脱がすのは案外難航した。
 ようやく靴を脱がせて中へと引き摺り、居間のソファにぼすんとアキラを下ろす。へらへらと俺を見上げる顔のあまりの締まりのなさにちょっと目が霞んでくるけど、さすがに俺も免疫がついた。
「しんどう、元気だった? 淋しかった?」
「あのな、俺ら昨日も逢ってたぞ。覚えてるか?」
「今日は緒方さんが酔っ払って大変だったんだ。芦原さんは頼りにならないから、ボクがタクシー呼んであげたんだよ」
 コイツ人の話聞いてねえ。
 まあ、今日は端から話が通じるとは思っていない。
 ちょっとふわふわしているけど口調ははっきりしてるし、何より人前ではシャキッとしてるから誰も想像つかないだろうけど。
 ……酔っ払いの塔矢アキラなんて。
「あのね、ボクねえ、大事な人が待ってるからもう帰りますって言って来たんだ。三次会出ないで急いでここまで来たんだよ」
 ああ、そりゃもうカッコよくばしっとキメて来たんだろうさ。
 俺だって初めてコレを見たときは腰抜かすかと思ったくらい仰天したもの。
 他の人がいる時にはいつも通りで全然酔った様子なんか見せなかったのに、二人になった途端にふにゃふにゃと崩れたお前を支えた俺が、どれだけ泣きたくなったか知りもしないで。
 さすがに三年目。大抵のことじゃ驚かない。
 この様子を見ると結構飲んだな。いくら顔色が変わらないからってみんなガバガバ勧めるのが悪い。そして勧められるままに飲むコイツが一番悪い。自分が酔ったらどうなるのかの自覚もないくせに。
 俺が半ば諦めたような顔でじいっとアキラを見下ろしていたら、ふいにへらへらしていた顔がぐしゃっと泣き出しそうな顔に変わった。
 ああ、波が激しいな。俺はやれやれとため息をつきたい気持ちをぐっと堪え、アキラを見上げるようにしゃがんでやった。
「どうした?」
「髪に煙草とお酒の臭いが染み付いて気持ち悪い」
「……風呂入ってこい。着替え、適当に出しといてやるから」
 俺がそう言ったら、アイツは泣きそうな顔のまま口唇を尖らせた。
「一人で入りたくない」
 全国の塔矢アキラファンが見たら泣くな。
 俺は大きなため息をついて立ち上がり、アキラのコートに手をかけた。確かにアキラからは煙草と酒の臭いがする。
 コートを脱がして、また腕を引っ張って立ち上がらせる。立ち上がったら途端にしがみついてくる。歩きにくいったらない。
 俺はアキラを浴室まで引き摺って、そこで待ってろと告げた。アキラがぼんやり突っ立ってる間に、急いで寝室に向かってバスタオルと適当な着替えを見繕う。最初に用意しておかないと、アイツは素っ裸ではしゃぎかねないからだ。
 浴室に戻ると、アキラはさっきと同じ場所にぼけっと突っ立ったままだった。俺を見つけて嬉しそうに笑う。へらへらしているだけなら害はないし、ちょっとカワイイとか思ったりするんだけど。
 着替えとタオルを洗濯機の上に乗っけて、俺はアキラの服に手をかける。シャツのボタンを上から順番に外してやってる間、アキラはリズムをとってるみたいに身体を揺らしながら上機嫌だ。
 腕や足を上げさせたりしながらアキラの服を脱がし、さあ入れと浴室のドアを開ける。するとアキラは俺を振り返ってまた泣きそうな顔をした。
「しんどうが一緒じゃないといやだ」
 またかよ。俺はとっくにシャワー浴びてるっつうの。
 ……と言いたい気持ちを抑えて、俺も渋々服を脱ぎ始める。浴室は決して広くない。少なくとも男二人で入れるようにはできていない。
 そんな狭い空間に二人で入る。何度かの苦い経験を経て購入した風呂用の椅子にアキラを座らせて、足元からゆっくりシャワーをかけてやる。
 アキラは酔っ払うとただのデカイ子供だ。それもかなりの駄々っ子。自分のことを何一つしようとしなくなる。最初こそ辟易したが、今ではそういうものだと自分に言い聞かせて諦めている。
 アキラの身体に丁寧にお湯をかけて、頭を下げろと後頭部をぐっと押し込んだ。
 アキラの黒くて綺麗な髪を毛先から濡らしてやる。艶々した髪は濡れるときらきら光って綺麗だなと純粋に思う。
 アキラはだらりと両腕を垂らして、俺にされるがままになっている。これだけ甲斐甲斐しく面倒みてやっても、明日にはすっかり忘れてるだろうことを思うとちょっと悔しい。
 髪をたっぷり濡らして、手のひらにとったシャンプーを泡立てる。アキラの髪に泡を乗せてわさわさと洗ってやった。アキラは気持ちがいいのかじっとしている。俺も最近は手慣れてきて、左耳の後ろのほうとかうなじの辺りを強めに擦ってやったらアキラが喜ぶことも分かっている。
 綺麗な髪を綺麗に洗って、シャワーで泡を流してやった。しつこいくらい丁寧にシャワーのお湯をぶっかけて、それからコンディショナーで仕上げに入った。髪を洗い終えて顔を上げさせると、アキラはにこにこと次の段階を待っているようだ。
 仕方なく、アキラの身体も洗ってやる。首、腕、背中、腹、なんで俺がこいつのワキまで洗ってやらなきゃなんねえんだと思わないこともないが、悪びれない笑顔を見ると脱力して怒る気も失せる。
 三十分後、煙草と酒臭かったアキラはぴかぴかになった。
 腕を引いて浴室から引っ張り出し、今度は身体を拭いてやる。風邪を引くと困るから。
 引き締まった胸も、服を脱がなきゃ分からないがっしりした肩も、今だけは心底頼りなく見える。
 アキラの身体を拭いていたら、中途半端に濡れた俺のほうがくしゃみをした。アキラが目敏く俺の身体を抱き締めてくる。
「しんどう、寒いの?」
「大丈夫だよ、寒くない」
「ボクがあっためてあげる」
 やっぱり人の話聞いてねえ。
 ああ、ちょっと水飲ませてからにしたかったけど、どうやら今日は無理そうだ。
 先ほどとは逆に、今度は俺がアキラに引き摺られながらそんなことを考える。後で二日酔いの薬を出しておかないと。
 馬鹿力で俺を寝室まで連れてきたアキラは、遠慮なしに俺の身体をベッドに突き飛ばす。もっと丁寧にしろ。俺はお前が酔っ払った時、いつも気を使って優しくしてやってるってのに。
 素っ裸の俺の上に、素っ裸のアキラが乗っかってきた。頬を摺り寄せられて、目尻をうんと下げて、愛しくてたまらないって目で見つめられたら俺だって降参するしかない。後はコイツの好きにさせてやる。
「しんどう、大好き。愛してるよ」
「ハイハイ、俺も愛してるよ」
「愛がこもってない……」
「……ホントに愛してるって」
 しっかりアキラの目を見てそう言ってやると、アキラはこれ以上ないくらいに嬉しそうに微笑む。
 そんな顔は結構カワイイ。このまま寝てくれたらもっとカワイイのに、酔っ払ってもヤることはヤるのがこいつのタチの悪いところだ。おまけにどんだけ泥酔してもしっかり勃つもんだから始末に負えねえ。
 俺の身体のいたるところにキスをして、犬っころみたいに鼻を押し付けて、大きな手が遠慮なく俺の腰やら尻やらをまさぐる。
 深く口付けられたら、ほんのりアルコールの味が舌に染みた。
 ホントは酒に強くなんかないくせに。つらっとした顔して、またいつもみたいにかぱかぱポン酒あけて、王子様みたいな笑顔でみんなとサヨナラしたらコイツの魔法は解けてしまう。
 後はただの駄々っ子みたいなふにゃふにゃのアキラが、俺の中に飛び込んでくるだけ。いつものパターン。今月はこれで三回目。
 俺を見るなりスイッチが切り替わるのは、一体どういう仕組みになってるんだろう。そのくせ一晩経ったら綺麗さっぱり忘れやがる。エッチした記憶もないから腹が立つ。「ボクはいつキミの家に来たんだ?」なんてつらっと抜かしやがった時は本気で殴ろうかと思ったけど。
 それでも、酔っ払ったアキラは力いっぱい俺のことが大好きだった。
「しんどう、しんどう。大好きだよ。ボクのしんどう」
「うん、……俺も、お前のこと大好きだよ」
「大好き、しんどう。気持ちいい?」
「……うん、気持ちいいよ」
 有り余るくらいのキスをしながら、アキラは嬉しそうに腰を揺らす。
 俺の中でアキラの熱が脈打ってる。繋がってる部分がどくどくと、ひとつの塊になったみたいに熱い。
 酔っ払ってても綺麗な瞳は凄く優しい。全身で愛されるのって凄く気持ちがいい。
 だから俺もコイツの頭を掻き抱いて、いつもはサボる愛情たっぷりのキスを大サービスしてやるんだ。
「愛してる、しんどう。ボク、幸せだ」
「……俺も、しあわせだよ」
 どうせ目が覚めたら覚えちゃいない。
 だから言葉のほうも大サービス。
 シラフの時には死んでも言わねえ。
 時々コイツは確信犯なんじゃないかって疑ったりもするけれど。
 でもそれは俺も同じことかもしれない。
「しんどう、しんどう……」
 呂律の回らない舌で俺の名前を繰り返し呼ぶ声。
 酔っ払って純粋になる俺の愛しい恋人。
 普段のコイツが磨きあげられた鑑定書付きの高価な宝石なら、さしずめ今のアキラは原石だ。
 産まれたまま、思うがままに気持ちをぶつけて俺を抱き締める綺麗な石っころ。
 明日になれば再び石は光り輝くだろうけど、でも俺はどっちのアキラも大好きで仕方ないから。
 欲張りな俺を見下ろして、アキラは目を細めてそれは楽しそうに笑った。
「しんどう、大好きだよ」
「俺も、塔矢が大好きだよ」
 アキラに釣られるように、俺も自然と笑ってしまった。
 これ以上ないほど破顔したアキラの瞳の中に、確かに俺はきらりと輝く宝石を見たんだ。






6周年記念リクエスト内容(原文のまま):
「アキヒカで、とにかくラブラブさせて下さい!!
年齢制限ありでも無しでもかまいませんっ!
とにかくラブラブで!!!!!!!」

なんか私また間違えた気がします……!
これじゃラブラブというよりダメダメでは……!
物凄く格好良いアキラさんと可愛いヒカルのバカップルを
想像されていたらどうしよう!だとしたら申し訳ないです!
裏はありでもなしでもとのことで中間をとってみました……
リクエストありがとうございました!
(BGM:宝石/山下久美子)