JOY FOR U






 小さい頃、前髪だけ変な色しているのが嫌だった。
 他のヤツラはみんな真っ黒な頭してる中、俺の頭は異様に目立つし。変な頭だってあからさまに指差すクラスメートもいたし。
 でも、俺の頭を馬鹿にするヤツをぶん殴って吹っ飛ばしてからは、髪の色がちょっと変わってても気にならなくなった。
 俺にはそいつらを黙らせるガキ大将の資質があったからだ。
 俺のことを馬鹿にするヤツがいなくなってから、俺は前髪のことを気にしなくなった。
 寧ろ、この明るい金色が気に入った。
 何より目立つし、光に透けたらキラキラして綺麗だ。
 さながらライオンの鬣のような、俺はこの色が凄く好きになったんだ。

 髪の毛がどうでも良くなった頃、今度は身長が気になり始めた。
 小学校も後半になると、伸びるヤツはぐんぐん伸びてくる。
 俺といえば、いつまで経っても前から数えたほうが早すぎて、下手すると女子の連中よりもずっと低かった。
 幼馴染のあかりなんか、もう随分前から俺よりデカかったような気がする。
 女に負けるのだけは我満できなくて、連日牛乳を飲みまくった時期があった。ギンギンに冷えた牛乳をパックのまま一気飲みして、腹壊したこともあったっけ。
 それでも身長は一向に伸びなかった。中学に入っても変わらなかった。
 ようやくもうすぐ中学卒業って頃になって、俺は気づけばそれなりに背が伸びてきていることに気がついた。いつの間にか、あかりの身長を越えていたし、よく考えたら服も靴もどんどんサイズが変わっていったし。
 中学卒業してプロ一本になった辺りではほとんど標準的な身長になっていたと思う。その時は碁に夢中だったし、気にする余裕もなくなった。今思えば、ホント些細なことだったなあって思うよ。

 でも、そうしてプロとして社会に出て行った時、次は自分の声が気になりだした。
 何しろ周りが大人ばっかりになっちまったもんだから、甲高い俺の声がやたら目立っちゃってさ。
 和谷や越智とかとつるんでる時はそうでもなかったけど、イベントの時とかはやっぱり浮いてるな、って思った。
 見た目はどう見ても男なのに、声だけカワイイ女の子みたいだったからさ。
 俺、髭生えるのも遅かったから、声変わりも同じだったんだと思う。
 今じゃあ実家に電話するたびに「どこのおじさんかと思った」って母親に嘆かれるくらいだから、しっかり男声になっちまったけど。
 髭も毎朝処理しないとなんねーしな。あの時は楽だったなマジで。



 そんな話をしていたことは覚えている。
 珍しくサシで飲んで、俺もコイツも傍目に分かるくらいには酔っ払って、帰るのも面倒だなあって俺が言ったことも覚えてる。
 そのままタクシーでお前のマンションに向かって……コンビニで買った酒で飲み直して……コンプレックスなんて誰にでもあるよな、なんてさっきの話を蒸し返して……
 それで、それで……






 ――それでどうして、今俺はコイツに抱かれてるんだろう。






「あっ……あ、あん、」
 なんだこれ。この甘ったるい鼻にかかった声は。俺の声か?
「あ、ああ、やあ、あ、塔矢ぁ……」
 やめろって、気色悪い。なんでアンアン喘ぎながらコイツの名前なんか呼んでんだ、俺は。
「……進藤……」
 お前もお前だ、塔矢。俺より低い声で耳元で囁くなっての。背中に鳥肌立ってぞくぞくしちまうだろうが。
 なんでこんなことになったんだっけ。
 そう、コンプレックスがどうのこうのって話をしてたんだ。
 そうしたら気づいちゃったんだよな。
 俺が過去に気にしてたコンプレックスって、未だにコイツに適わないことばっかりだって。

 そこらの女じゃ太刀打ちできないくらいに艶やかな黒髪でさ。
 そのくせ、背は俺より高くって、綺麗な顔からは想像できないくらいに身体もがっしり締まってて。
 声も俺より低くて変な色気がある。やめろって、頬摺り寄せんな。お前髭伸びかけてるぞ。痛いっての。
 ああ、でも何でだ? 俺何でこんなに腰揺らしちゃってんの?
 男に抱かれたことなんかないのに。……コイツのこと、そんなふうに見たことなかったのに。
 思いっきり深くキスされた口唇は、お互い酒の味がした。
 そのキツイアルコールの臭いが何故だか下半身をビンビン刺激して、俺はまた女みたいな高い声でコイツにもっとと強請ってる。
 すげえ気持ちイイ。酔っ払ってるせい? でも身体とは裏腹に頭はやけに冴えてて、今だってどこか他人事みたいにコイツに抱かれる俺を分析してる。目尻に涙なんか溜めちゃって、宥めるようにコイツにキスされてちっとも嫌な気がしていない俺を。

 そもそも、なんでコンプレックスの話になんかなったんだったっけか。
 思えばコイツと二人でじっくり話しながら飲むなんてこと、今までになかったような気がする。
 対局終わって、検討終わって、でもなんか物足りなくて、お互い成人してることだしって街に繰り出した。そんなの、珍しい話じゃない。
 でも改めて囲碁抜きで向かい合ったコイツが、俺が想像してたよりずっと、俺にないものを持ってるヤツってことに気がついたんだ。
 ――お前はいいよなあ、綺麗な黒髪だし、背もでかいし、声も低いし、男っぽくて、おまけに未だに俺より碁は強えし。
 酔っ払った弾みでそんなことを確かに言った。
 そしたらアイツが言ったんだ。
『ボクのコンプレックスはキミだ』



 それから……、それから、どうしたんだったっけ。
 アイツがやけにマジな顔をして、それで俺に手を伸ばして来て、それから……
 それから、キスをして。



「進藤……進藤……」
 塔矢の腰の動きが早くなる。俺の息もどんどん上がる。
 ――お前、違うだろコレ。俺の言ってるコンプレックスと。
「あ、アア、塔矢、塔矢……」
 俺が言ってるのは劣等感って意味だよ。
 お前、これは……劣等感持ってる人間にすることじゃないだろ。
 なんでこんな、壊れ物扱うみたいに優しくするんだ。
 なんでそんな、愛しくてたまらないって感じのキスくれるんだよ。
 駄目じゃん、俺。めちゃめちゃ流されちまってる。――流されてる? 本当に? 流されたのはどっちだ?
 俺は心の何処かで、俺にないものを全て持ってるコイツに憧れていたような気がする。
 でも、コイツにもあったのな……コンプレックス。
 それが俺だなんて笑っちまうけど。
 コンプレックスだらけだった俺を手に入れたら、コイツはどうなるんだろうか? 俺は?
 今より完璧になるんだろうか? それとも違うものに変わるんだろうか?
 俺は、見たかったのかな。完璧なコイツを。
 それとも、欲しかったのかなあ。完璧なコイツが。
「進藤、進藤……愛してる……」
「塔矢、塔矢あ、……ああっ……」
 ――でも、きっと駄目だ。
 俺がコイツのものになっても、きっと俺もコイツもコンプレックスはなくならない。



 だって俺、むちゃくちゃ問題あるもの。
 まず性格だろ。嫉妬深くて淋しがりで、天の邪鬼で手のかかる甘ったれ。
 おまけに新たに発見してしまった、心も身体も感じやすくて流されやすくて惚れっぽい。
 そんでもってそういうとこ、全部酒のせいにして責任放棄する。んー、これは最近出来たコンプレックスかなあ。ガキの頃は少なくとも酒なんて飲めなかったし。
 でもコイツだって問題あるぞ。
 いつも真直ぐに前向いてて、そのせいで横から受ける不意打ちに弱くって。
 唐突で、極端で、そのくせ純粋で結構単純で。だから今も、俺をすっかり手に入れたと思っているんだろう。明日になったら面喰らうだろうな。たぶん、一度眠って目が覚めたら、出て来るのは意地っ張りな俺だから。
 そのくせ、今俺を抱き締めているコイツを、俺はもう独占したくてたまらない。
 コイツはきっと、俺の扱いに散々苦労するだろう。
 俺を手に入れて完璧になるどころか、コイツに新しいコンプレックスが増えるだけかもしれない。
 でも、俺からは手を離せない。だってすげえ居心地いいもの。俺のことうんと愛してくれるこの腕が。俺にないもの全部持ってるはずのコイツに抱き締められて、なんでこんなに嬉しくなっちゃってるんだろう。
 でもいいだろ? いつかコンプレックスなんて笑って話せる日が来るから。俺だって当時はホントに悩んだもの。
 今はどれもこれも気にならなくなって、当たり前のように自分の一部になってるんだ。だからきっと、何年かしたら、俺も当たり前のようにお前の傍にいるのかもしれない。その時までお互い、頑張ってコンプレックス解消しようぜ。
 それでもいいだろ?
 進藤ヒカルコンプレックスの塔矢アキラさん?



 だから、頬擦りするなら髭剃ってからにしろ。







6周年記念リクエスト内容(原文のまま):
「アキヒカでコンプレックスからみのお話が読みたいです〜
どちらでもかまわないしどちらともでもいいので、
アオバ様のお二人の些細な悩みなど是非拝見したいです〜」

な、なんかよく分からない話になってしまった……
ちっともリクエストに応えてない気がする。
ああん何だかフォローもできません。平謝り。
こんなのですけどリクエストありがとうございました!
(BGM:JOY FOR U/山下久美子)