「兄貴」 「兄貴、兄貴ー」 「あーにーきー」 最愛の弟と再会して早一ヶ月。 犬ころのように自分について回る仕草が子供時代と全く変わらないマッシュは、しかし立派すぎる成人男性になっていて最初に会った時は正直驚いた。 とはいえ曇りのない懐かしい瞳は昔のままであるし、体が大きくなっても心の優しさは全く変わっておらず、十年ぶりに会った自分をとても慕ってくれているのがよく分かって胸が熱くなる。 双子とはいえ兄であるエドガーは、離れている間の弟の苦労と努力を思い感慨深げに息を吐き、今もブラックジャック号の甲板の床板を軋ませながらどすどすと自分の元へ歩いて来る大男にこれ以上ない愛情を感じていた。 「兄貴、よかった、見つけた」 エドガーを押し潰さんばかりに飛びついてくるマッシュの圧に一瞬息が止まりながらも、エドガーは可愛い弟の頭を撫でてやる。自分と同じ髪の色であるが、少し手触りの硬い髪質は大型の肉食動物を思わせた。 「なんだ、俺に用があったのか?」 「ううん、用はないけど兄貴に会いたくて」 ぐりぐりと頬をすり寄せてくるマッシュの無精髭がくすぐったい。他の男にこんなことをされようものなら鳥肌ものなのだが、愛する弟ならなんだって許せてしまうし偽りなく可愛いと思っている自分がいる。 しかしな、とエドガーは苦笑しながらマッシュを引き剥がした。 「お前はいくつになっても甘えん坊だな。そんなんじゃレディにモテないぞ」 健康な成人男性がこうも同性の兄にべったりでは困るのではないか。仲間には見目麗しい女性たちもいるというのに、マッシュの目には映っていないのか朝から晩まで兄貴兄貴と自分の後をついてくる。可愛いが、傾向としては良くない。 「いいよ、モテなくて」 さらりとそんなことを言うマッシュを信じられないとばかりに首を振り、エドガーは力説した。 「何言ってる、お前決して見た目は悪くないし男らしくて頼り甲斐がある……レディはイチコロだぞ。女性の素晴らしさを知らないなんて勿体無い」 「知らなくていいよ……別に興味ないし」 「おいおい、僧とはいえまだ三十前の男が言う台詞じゃないぞ。そのうちお前だって好きな子ができるだろう。そんな時にあまりに俺にべったりじゃあ呆れられるぞ」 「だって兄貴と一緒にいる方が好きだし」 唇を尖らせるマッシュを素直に可愛いと思ってしまう自分にも問題はあるかもしれないが、マッシュのこれは重症だ。 エドガーはわざとらしく溜息をつき、首を横に振った。 「おれもお前が可愛いが、お前の将来も心配だ。いざという時にちゃんとリードできるよう勉強しておけよ」 拳で軽くマッシュの厚い胸板を叩くと、マッシュは不思議そうに首を傾げた。 「いざという時って?」 「えっ……それはその、まあ、夜とか、な」 「夜に何するんだ?」 「そりゃお前、子供ができるようなことをだな」 「子供はコウノトリが運んでくるんだろ?」 エドガーは愕然としてマッシュを見上げた。 一点の曇りもないマッシュの瞳がキラキラと自分を見つめている。 「……マッシュ、お前……その知識は」 「昔ばあやが教えてくれた」 「昔って……大昔じゃないか……!」 「……? 違うのか?」 嘘でも揶揄いでもない、マッシュの純粋な目を見てエドガーは頭痛に眉を顰める。 何ということだろう、十七歳という多感な時期に城を離れ修行三昧だったマッシュは男性として重要な部分がすっぽり抜けている。もういい年だというのに、未だにコウノトリを信じている愛らしさ……じゃない、バカバカしさに目眩がしそうだった。 エドガーはこめかみに指先を当て難しい顔で溜息をつき、顔を上げてマッシュを見据える。 「……マッシュ。ちょっと部屋に来い」 これは教育が必要だ──エドガーはマッシュの太い腕を掴んで甲板を後にした。 「いいかマッシュ、コウノトリは子供を運ばない」 二人に割り当てられたブラックジャック号の船室で向かい合って座り、エドガーはマッシュに懇々と説き始めた。マッシュも真剣な顔で話を聞いている。 「男女間で愛の行為をしなければ子供は産まれて来ないんだ。好きな人ができたら、触れたい、抱き締めたいと思うだろう? 自然とそういう気持ちになるんだよ。抱き締めたら、その先も欲しくなるんだ」 「でも俺好きな人なんていないよ。兄貴のことは抱き締めたいくらい好きだけど」 「それは家族の愛情だろう。そうじゃなくて、愛しい女性を見た時に抱きたい、キスしたいと思うようになるんだよ」 「……ふうん」 「それでいざ下手くそなキスでもしてみろ、幻滅されるぞ」 マッシュは怪訝そうに眉を寄せ、頬を膨らませた。 「キスなら兄貴にしてるじゃん」 「頬とかおでこじゃないか、恋人に、唇にするキスだ」 「そんなのに上手い下手なんてあんのかよ」 「あるぞ! キスがうまいとその先もあっさり……ゴホン、上手い下手は重要なんだ、それだけでレディが夢中になる」 じゃあさ、とマッシュがぐいとエドガーに詰め寄り顔を近づけてきた。 「教えてくれよ」 「勿論……って、えっ? 教える?」 「うん、兄貴なら何でも知ってるだろ?」 また翳りのないキラキラとした目で見つめられてエドガーは言葉に詰まった。当然知ってはいるが、言葉だけで説明できるものではない。教えるとなると一番良い方法はひとつしかないのだが。 「……お前、唇にキスしたことは?」 「ない」 あっさりと答えるマッシュにエドガーは頭を抱えた。 「……いいかマッシュ、教えるとなると俺はお前に実地で示さなきゃならん」 「うん」 「お前、ファーストキスが俺でいいのか?」 「なんだかチンプンカンプンだけど……兄貴ならいいよ」 にこにこ罪のない笑顔に過分の期待が含まれており、エドガーは視線をうろうろと巡らせた挙句にひとつ咳払いをした。 ──まあいいか。他の男なら死んでも御免だが、マッシュだからな…… 「……分かった。教えてやろう」 いざ尋常に立ち上がるとマッシュも釣られるように腰を上げた。幼い頃は逆だった目線の位置に、改めて気づくと圧倒されてしまう。よくもここまで育ったものだ──その割に無垢すぎる目でエドガーを見下ろす変わらない表情の弟がいじらしいというか不憫であるというか。 エドガーは顎を上げ、自分の唇を指差した。 「お前、やってみろ」 「えっ、今?」 「そうだ。それで上手いか下手か判断してやる」 エドガーの言葉にポリポリ頭を掻いたマッシュは、状況が分かっているのかいないのか呑気な顔でじゃあ、と答え、エドガーの両肩に手を置いて軽く腰を屈めて顔を近づけてきた。 エドガーは目を閉じるべきか迷ったが、マッシュが目を開けたままなので自分だけ瞑るのも負けたような気分になりそうで、二人とも目を開いたままにマッシュが唇を押し当てる奇妙なキスとなった。 弟と唇を合わせてしまった背徳感のようなものは感じたが、やはり家族だからか不快さは全くなく、それ以上に朴訥すぎる口付けに閉口する。 「……下手だな」 マッシュがしょぼんと肩を落とした。この素直さは数多の女性たちの母性本能をくすぐると思われるが、兄であるエドガーも若干くすぐられているのは否めない。 「教えてやるから、ちょっと頭下げろ」 言う通りに頭を下げたマッシュの顎に触れ、親指で下唇を突いた。 「少し。開けろ」 エドガーの指に導かれるように口を薄っすら開いたマッシュの唇に、少し角度をつけて下から摘むように口付けた。意外なほど柔らかい肉を軽く食んで、開いたそこから舌を潜らせるとマッシュの体がピクリと揺れる。マッシュが逃げないように頭を掴み、エドガーは舌先でマッシュの舌を捕らえて裏側を撫でるように舐め上げた。 「……ッ」 マッシュが小さく呻く。口の中の性感帯を刺激できたことに気を良くしたエドガーは、半開きの瞼でマッシュが目を白黒させていることにほくそ笑んで更なる舌技を披露する。 唇が離れた時に互いの舌を伝った唾液が糸を引き、エドガーの顎に垂れ落ちる。エドガーは優雅に指先でそれを拭って、余裕たっぷりに「どうだ?」と尋ねた。 マッシュの目はとろんと下がり、先ほどまでの純真そのものだった表情に薄っすら色がついていた。 「……気持ち良かった」 ストレートな感想にエドガーは苦笑したが悪い気分ではない。 「そうだろう……キスが上手いとそれだけでレディを満足させられるからな。まあお前も少しずつ経験値を上げていけば……」 「兄貴」 「……なんだ?」 「やってみていい?」 何を、と聞く前にマッシュの唇がエドガーのそれを覆った。咄嗟のことで準備ができていなかったエドガーの口内に弾力のあるマッシュの舌が滑り込み、歯列をなぞって奥へ侵入してから上顎を撫でていく。ぞわ、と腰にむず痒さを感じたエドガーが思わず身動ぎすると、先程とは逆にマッシュがエドガーの頭を抱えて抑え込んだ。 好奇心の塊のような舌が散々口内を嬲りつくし、おまけとばかりに最後にちゅうっと吸い上げられて、唇が離れた時にエドガーは息が上がっているのを必死で隠した。 「……どうだった?」 「……ま、まあまあ、だな……」 褒められたと素直に喜ぶ弟はもしかしたらとんでもない逸材なのかもしれない……エドガーは空恐ろしいものを感じながらもマッシュの成長を喜ぼうと努める。 「で、次は」 マッシュに急かされエドガーは素で呆けた顔をした。 「え、次……?」 「そうだよ、キスの次。愛の行為ってやつ」 真顔で迫るマッシュにエドガーは言葉を詰まらせるが、ふと先程のキスの余韻かマッシュの下半身が若干盛り上がっていることに気づき、指を指し示す。 「お前、それ」 「ん?」 「デカくなってるだろ。そうなった時、今までどうしてた」 「なんか擦ったらスッキリするからそうしてた」 「それだよ」 エドガーが語気を強める。 「そこを使うんだよ。触ってもらったり触ったりして気持ちを昂ぶらせて、その後で愛の行為だ」 「触ってもらう……? こんなとこ?」 「ああ、人にされるのは自分でするより何倍もいいぞ」 弟相手に何を吹き込んでいるのか、我に返ると酷く後悔してしまいそうだったので、エドガーはなるべく何も考えないようにべらべらとまくし立てた。 ところがマッシュはエドガーの斜め上を行く。 「じゃあ、触ってくれよ」 「ああ……って、ああ!?」 真剣にとんでもないことを言うマッシュを前に、エドガーの背中から嫌な汗が噴き出す。 「いや、さすがに……それは」 当然渋ってみせたが、分かりやすく眉を垂らすマッシュを見ると何だか可哀想な気分になってくるのだから大概自分も甘いのだろう。 「……分かった……」 口にしてからしまったと思ったが、ぱっとマッシュの顔が輝くのを見てしまってはもう後に引けない。エドガーはマッシュにベッドを指差し、座れ、と命じた。 ベッドの上で長い足を投げ出して座る弟と向かい合い、一抹の疑問を握り締めながらも下腹部の膨らみにそっと触れてみる。ちらりと上目でマッシュを伺うと、期待に満ちた眼差しがエドガーを射抜いた。 逃げられない。悟ったエドガーは仕方なく、苦しそうな下半身をくつろげてやる。下着をずらすと、思わず仰け反るようなサイズのマッシュの分身が現れてエドガーは目を瞠る。 「お前……、デカいな……」 「そ、そうかな」 マッシュが照れるが、照れるところはそこではない気もする。実の兄の前で下半身を丸出しにしている自分に疑問を持って欲しかったが、今更ボヤいても仕方がない。 「……いいか。ここからは本来はレディの仕事だが、その上手い下手で文句を言ってはいけない。お前がレディに触れる時に気をつけるのは、相手を傷つけないように優しく。それだけだ」 「うん、分かった」 頷くマッシュの目を見て、下肢のものを見て、いよいよ覚悟を決めたエドガーは気合を入れるために大きく深呼吸した。──触りっこくらいは思春期の兄弟ならすることもある、かもしれない。遅れてきた思春期を開花させてやろうじゃないか。 やんわり勃ち上がっている陰茎をそっと手で包み、裏筋を親指で軽く擦ってマッシュの反応を見る。マッシュの眉がピクッと震えたのに気づき、手の中で亀頭を緩く揉みしだいてまた様子を伺う。マッシュの眉間に苦痛とは違う種類の皺が寄った。 同じ男であるからどこをどうされれば気持ち良いかはよく分かっている。おまけに双子であるのだから、快楽の好みも同じかもしれない。エドガーは自分の好きなポイントでマッシュを攻め、手の中のものはみるみる硬度を増し先端がしっとり濡れそぼってきた。 ゆっくりと下から上に扱いてやり、時折指先でカリ首のラインを引っ掻くと、マッシュの口から熱の上がった息が溢れた。エドガーもなんだか妙に気分が昂ぶってしまい、無言で弟の怒張したものを扱く作業に没頭する。 筋が脈々と浮かび上がる陰茎を眺め、明らかに快楽に顔を蕩かせるマッシュを確認すると、もっと気持ちよくさせてやりたいという欲が頭を擡げて来る。 さすがにやり過ぎだろうか、いやしかし。急所を自分に曝け出して心地好さそうに口を半開きにしている図体のデカい弟がいじらしく、更なる快楽を教えてやりたいと考えたエドガーはすでに思考が麻痺していたのかもしれない。 エドガーはそっと顔を下げ、マッシュの分身に唇を寄せた。 「!」 マッシュの腰が跳ね上がる。エドガーの口に自分のものがすっぽり包まれたことを確認し、驚きのあまり立ち上がろうとするマッシュの腰をエドガーが抑え込んだ。 逃げられると捕まえたくなる。怖気付いたマッシュのそれを舌で舐め、口の中の空気を抜くように吸い上げるとマッシュがはっきりと悦びに満ちた声を上げた。 エドガー自身、男性との経験などないのだから、口で咥えるなどされたことはあってもするのは初めてだった。とはいえ経験上気持ちの良いポイントを実行するのは容易く、エドガーが思うままにマッシュが快楽に身を震わせるのがエドガーにとっても快感になっていた。 ぐっと深く頭を沈めた瞬間、突然マッシュが余裕なくエドガーの頭を掴み引き剥がす。髪を掴まれた痛みを感じる前に、頬や目尻に熱いものが迸りエドガーの顔を汚した。 一瞬理解の遅れたエドガーは、さっと青ざめたマッシュが慌てて謝るのを見て状況を把握する。 「ごめん、兄貴、顔……」 「……気にするな。……満足したか」 この先もう二度と顔射される経験はないだろう──胸を小さく刺す屈辱感を押し殺し、エドガーは枕元のティッシュで顔を拭った。 マッシュは申し訳なさそうにしているが、すっかり高揚した頬が今の行為がどれだけ良かったかを物語っている。それはそうだ、この俺が直々に口まで使ったのだから──マッシュだからこそここまでしたが、男相手にこんなことをするなんて通常なら考えられない。やはり可愛い弟は特別なのだ。 これでマッシュも満足しただろうと、露出したままのマッシュのものをしまってやろうかとエドガーが手をのばしかけた時。 ふいに腰を上げたマッシュが、エドガーに向かって身を乗り出してきた。 マッシュ、と呟くがそれを制止の声だと思っていないのか、マッシュは構わずエドガーの肩に手をかけてくる。 「ま、待て待て待て! お前、何してる」 「だって、触られたり触ったりだろ? 今度は触る番だ」 熱に浮かされたような目でマッシュが告げた言葉にエドガーの全身からどっと汗が噴き出し、慌てて腕を突っぱねてマッシュの厚い胸を押さえた。 「そ、それはだな、相手が女性の場合だ! 女性にはこんなものついていない!」 マッシュがエドガーの腹の下に手を伸ばそうとしているのを察し、咄嗟にそう叫んだのだが、マッシュは臆する様子もなく体勢を変えずに尋ねてきた。 「じゃあ、どこ触るんだ?」 エドガーはごくりと喉を鳴らす。マッシュの目に雄の色が帯び始めている。 「そ、れは……、首、とか、胸、とか」 「どんなふうに?」 「……手や唇で、優しく」 聞くなりマッシュはエドガーの首筋に噛み付くように唇を当ててきた。予想していなかった行動に驚いただけでなく、図らずも弱い箇所に口付けられ背中がビクリと竦んだ。 マッシュの手がエドガーの服の合わせ目から忍び込んできて、エドガーの胸の突起に触れた。さすがにぎょっとしたエドガーはマッシュの腕を掴む。 「も、もういい、これ以上は」 「どうして? ……教えてくれよ」 「しかし、俺は女性の体とは違う……」 「練習なんだから、いいだろ……触ってみたい」 マッシュは容易くエドガーの手を振り解き、服のボタンに手をかけてきた。戸惑うエドガーの抵抗を無視して兄の服をはだけさせたマッシュは、ささやかな突起に手を伸ばして指で摘んでくる。 「っ……!」 チリッとした痛みにエドガーが顔を顰めると、マッシュがはっとして手を離す。 「ごめん。優しく、だったよな」 そう言って指の腹で気遣いながらこねくり回してくるものだから、普段胸の刺激をあまり好まないエドガーも妙な気分になってしまってマッシュから顔を逸らした。 マッシュはしばらくエドガーの胸をいじり、おもむろに唇をつけてくる。エドガーの動揺を尻目に口の中に突起を含み、舌で転がして吸い上げてくるマッシュが、先ほどのエドガーの口淫の真似をしているのだと気づくのに時間はかからなかった。 「マ、シュ、そこまで……やらなくて、いい……」 ここまで胸に執着する相手もいなかったためこのむず痒い感覚をどうやり過ごせば良いのか勝手が分からず、胸に張り付くマッシュの髪を掴んで訴える。何度か引っ張って、ようやくマッシュは顔を離してくれた。 青い瞳の表面が揺れて夢を見ているような表情で、子供っぽい無邪気さにしっかりと成熟した色気も含まれている弟を見て、エドガーの胸がぎゅっと絞られたように疼く。 「……下手、だった?」 不安げに尋ねてくる様子が愛しく、つい絆されてエドガーは首を振る。 「そんな、ことは……」 マッシュが少し安堵したように眉を下げる。そして顔を近づけておもむろにエドガーに口付けた。男女間なら完璧だったタイミングにエドガーも完全に不意を突かれて、覚えたての愛撫で優しく唇を蹂躙されるがままについ目を閉じてしまった。 唇が離れてもすっかり色づいた空気が変わらず、エドガーはいよいよマズイと口元を押さえる。完全に行きすぎてしまった。兄弟間でして良いことの範囲を軽く超えている。途中調子に乗った自分も悪かったが、それにしても急速にマッシュが性に目覚めてしまっている。 落ち着かせねばと口を開く前に、マッシュがエドガーに半分伸し掛かったまま囁くように質してきた。 「最後、教えて。愛の行為」 間に合わなかった。忘れていて欲しかった単語が出てきてしまい、エドガーはついに首をはっきり横に振る。 「……ダメだ、マッシュ……。ここから先は好きな人としなさい」 「だって分からない」 「なんとなく分かるだろう。……それが硬くなったら挿れるんだ」 「どこに」 「女性に挿れる場所がある」 「兄貴には」 「……なくはないが」 「じゃあ」 「ダメだ」 「なんで」 「だから好きな人と」 「俺は兄貴を愛してるよ」 続く押し問答にはーっと大きくため息をついたエドガーは、マッシュの肩に手を置き語調を強めて告げた。 「俺もお前を愛してるが、それは肉親の情だ。本当に好きな人が現れたら、一緒に勉強しなさい」 エドガーがきっぱりそう言うとマッシュはみるみる意気消沈し、丸出しの萎んだ下半身と同調した様子にエドガーは胸を痛める。 可愛い弟が哀しそうにしているのを見るのは辛い。しかしできることとできないことがある。 「……俺、好きな子できないよ。女の子に興味ないもん」 それはまだ運命の相手に出逢っていないからだ。落ち込むマッシュに追い打ちをかけてしまう気がして、エドガーは頭の中で無意味と知りながら反論をする。 「このまま一生しないで終わるよ」 そんなことはない、お前くらいいい男なら女の子の一人や二人すぐに寄ってくる。 「兄貴としたかったなあ……」 ああ、もう。 ──親父、おふくろ、許してくれ。俺は弟にとんでもないことを教えようとしています。 「……分かった。分かったよ。一度だけ、今回だけだからな。もう二度としないからな!」 「兄貴!」 一気に光の帯びた瞳で飛びついてくるマッシュは嘘偽りなく可愛いと思う、絆されてしまうのは仕方ないと言い訳を重ね、エドガーは悩む。当然だがエドガーには男性経験がない。マッシュが童貞ならエドガーだって後ろが処女である。この犬のような熊のような愛しい弟がぶら下げているものの大きさを思うと、下手をすれば立ち上がることもできない大ダメージを食らう。 「……ちょっと、待て。準備がいる」 エドガーはマッシュを押しのけ、はだけていた胸元を軽く直すとベッドを降りた。不安そうに見ているマッシュを目で制し、部屋の棚から髪につけている香油を手に取る。……ないよりはマシだろう。 「マッシュ。お前、向こう向いてろ」 ベッドに戻って壁を指差し、マッシュに絶対にこちらを見ないよう念を押す。この後の痴態を見られる訳にはいかない。 マッシュが言われた通りエドガーに背を向けたのを確認し、すー、はー、と深呼吸したエドガーは覚悟を決めて下肢の衣類を脱ぎ捨てた。もう自棄だ、どうにでもなれ。香油の瓶の蓋を開け、右手にとって馴染ませる。膝を立てて脚を開き、油で光る指を恐る恐る自分の最奥の秘部に忍ばせた。 ぐち、と嫌な音がして指先が入り口にめり込む。油のおかげで思ったよりはすんなり潜り込んだが、正直気持ちの良いものではない。本来この場所は出口であり、外から何かが入ってくることへの違和感は当然と言われればその通りなのだが。 男女間でも好んでこのスタイルを選ぶカップルもいると聞くが、自分はごめんだ。マッシュのためでなければ絶対にしなかった。二度目はない。これが最初で最後だ。……指、一本はなんとか入った……でももう少し拡げないときっとキツイ…… ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立て、エドガーが苦しい体勢で少しずつ自分の大事な場所を解していた時、ふと何か突き刺さるような気配を感じて顔を上げて蒼白になる。マッシュがいつの間にか完全に首をエドガーに向けて血走った眼を見開いていた。 「おまっ……、見るなって!」 耳から首まで赤くなったエドガーが思わず脚を閉じるが、マッシュが素早い動きで手を抉じ入れて閉門をガードする。がばっと開脚された足の付け根が油で濡れていることを想像し、エドガーは羞恥の眩暈で気絶しそうになった。 「ここに……挿れるのか?」 マッシュの目が完全に雄だ。見れば萎んでいたはずのものがすっかり回復して天を向いている。痴態を見られたことも恥ずかしいが、その痴態でマッシュが興奮したと思うと何とも言えない胸のざわつきを感じてエドガーは身震いする。 まだ無理だ、と情けなく掠れた声で零すと、マッシュが手を伸ばしてきた。マッシュの無骨な指が入り口に添えられて、ぐっと中に入ってくる。自分よりも太いそれの圧迫感にエドガーは思わず眼を瞑った。 くちくちと湿った音が耳を刺す。香油を使い過ぎたかもしれない。恥ずかしい音に混じって浅くて荒いマッシュの息遣いも響いてくる。気づけばエドガーの呼吸も酷く速くなっていて、受け入れることの恐怖で体が硬くなっていることも分かった。 マッシュの指が二本、三本と増えて出入りを繰り返しているうちに、自分で解していた時とは違う熱の高まりをじわじわ感じていることに動揺する。こんな格好で、人に見られたことのない場所を拡げられて。薄目を開ければマッシュのみならず自分の腹の下のものも頭を持ち上げている──エドガーは気を失えない自分を呪った。 「兄貴。いい……?」 マッシュの低い声にすらぞくりと背中が粟立ち、エドガーはせめて自分の意思でと頷いた。マッシュが自身の立派なものを掴み、解したばかりの濡れた場所に押し付けてくる。力を抜かなければとエドガーが息を細く吐き出した時、鬼頭がぐぐと頭を潜らせてきて、指とは比較にならない圧力にエドガーは顰めていた眼を見開いた。 「あっ……」 エドガーの声に一度マッシュの動きが止まり、またすぐに侵入を開始した。少しずつ、しかし確実に奥に進むそれが内壁を抉りながら潜っていく感触に、何度もエドガーは呼吸を忘れそうになる。 鈍い痛みもあるのだが、それ以上に強烈な熱を感じる。自分の指ですら異物感が酷かったのに、何故かマッシュのものはそこにフィットしているように思えるのだ。溶け合って混じるような初めての感覚がエドガーから理性を奪おうとして、諍おうと歯を食い縛る。 性急な態度とは裏腹に時間をかけて自分のものを埋め込んだマッシュは、熱い息で問いかけた。 「入った……。どう、すればいい?」 「う、ごかす、んだ」 「こう……?」 「んあっ……! そ、うだ」 マッシュが腰をゆっくりと前後に動かし始め、体を貫かれる痛みとそれを超える強烈な疼きが襲ってくる。こんな感覚は知らない。体を抉られているのに頭の先が痺れてうっとりと思考が濡れていく。 マッシュは苦痛なのか快感なのか顔を歪めて腰を打ち付け、徐々に動きを速めていく。エドガーはシーツを握り締めて体の中に生まれつつある波をやり過ごそうと努めた。 「あに、き、すごい。あにきの中、熱い。気持ちいい」 マッシュが譫言のように漏らす言葉の内容があまりに恥ずかしく、エドガーは唇をギリと噛んだ。 「あ、とは? どうしたら、いい?」 腰を動かしながらマッシュが囁く。苦しそうに見えるのかもしれない。不安が覗く眉間の皺がセクシーだなんて思ってしまったエドガーは、息も絶え絶えに答えた。 「お前の、したい、ように」 するとマッシュは手を伸ばしてエドガーの肩や胸を撫で回し、親指の腹で胸の突起を弄り始めた。先程触れられた時は感じなかった甘い痺れがピリッと走り、エドガーははっきりと嬌声を上げてしまう。 その声に反応したのか、マッシュはエドガーの脚をより深く折り曲げて、下半身を繋げたまま身体を前に倒してきた。乳首に口付けし、舌で転がすその刺激は腰から下の熱に直結して全身が熱くなる。 「あっ、マッシュっ……あ、ああ、あー…」 体の奥を突かれる度に視界が暗転しかけ、今まで感じたことのない快感がエドガーを襲う。気持ちが良すぎてどうにでもなってしまいたい。エドガーの声に呼応するようにマッシュの腰の動きが荒々しくなり、揺さぶられながらエドガーはただただ快楽に喘いだ。 「あ──……」 限界を感じる瞬間、噛み付くように凶暴なマッシュのキスが呼吸を奪う。びくりと大きく震えた体の真ん中から熱く白い液体が迸り、体の奥にも火傷しそうな熱が放出されたのがかろうじて分かった。 マッシュの体が崩れ、エドガーを抱き締めるように倒れてくる。その汗だくの背中をエドガーは思わず抱き締めた。逞しい肩に額を押し当てて波打つ快楽の余韻に浸る。 とんでもない扉を開いてしまった。あまりの快感に体は心地よく疲れているのに、胸が苦しくてたまらない。この感情はなんだろうと僅かな思考を巡らせていると、少しだけ身体を起こしたマッシュが幸せに蕩ける目でエドガーを見た。その優しい視線にエドガーの胸がずきんと音を立てる。 「兄貴……、もう一回、してもいい……?」 ああ、なんて可愛いことを。 エドガーは自ら提示した約束を反故に頷き、深く長いマッシュのキスを受け入れる。 開けてはいけない扉の先は一方通行、二度とは元に戻れない。 |