出来心




 連日の会議で疲弊しきったエドガーがだらしなくうつ伏せに寝転がるその臀部辺り、膝立ちで跨ったマッシュはかれこれ小一時間ほど兄の背面に入念なマッサージを施していた。
 全身がガチガチに凝り固まっているエドガーの頭部から始まったマッサージは、首筋を過ぎて肩から肩甲骨、そのまま腰へと丁寧に施術され、最初こそ「あー」だの「はー」だの年寄り染みた声を漏らしていたエドガーも、つい先程からはすうすうと規則的な寝息を立てている。
 腕を枕に心地好さそうに上下する背中を見てマッシュは優しく微笑み、そろそろ予定のメニューも終了かと最後に腰を強めに解した時、エドガーの下半身が不自然にピクリと反応した。強過ぎたかな、と慌てて腰を撫でたせいで指が引っかかり、就寝前で素肌に一枚だけ着ていたエドガーのシャツの裾がめくれてチラリと肌色が覗く。
「ん……」
 吐息混じりの微かな声にマッシュの胸が竦んだ。
 真面目にマッサージを施している間は気がつかなかったが、ベッドにごろりと寝転がったエドガーの無防備な背中から腰のラインが目に眩しく、その尻の上に跨っているという現状にマッシュは頬を赤らめる。
 ここのところの激務で遅くまで仕事をこなしていたエドガーは、夜明けの少し手前くらいに机に伏して眠ってしまうことも珍しくはなかった。何度かその現場を見つけてからはマッシュが目を光らせて最低でもベッドに放り込んでいたのだが、少ない睡眠時間で気絶するように眠る兄が流石に不憫で、隣で眠っていても欲情するような不埒な感情は努めて押し殺していたため夜の生活は随分とご無沙汰だった。
 気にしなければ良かったのに、僅かでも艶めいた想像をしてしまったのが悪かった。ようやく大仕事の区切りがついた夜更けの手前、眠る前に疲れ切ったエドガーをただ純粋に癒すためにマッサージを提案したのであって、決して邪な気持ちなど無かった、はずだった。
(ああ、どうしよ……)
 下半身が反応している。寝支度を終えているせいで兄が軽装なのも拍車をかけた。ついさっきまで遠慮なく全身に触れていたことを深く考えてしまって妄想が一人歩きし始める。
 この薄い布地の下に滑らかな肌が隠れていることはよく分かっている。めくれたシャツの裾から僅かに覗く素肌が扇情的に見えてしまう──マッシュは若干前屈みになりつつ喉をゴクリと鳴らした。
 明日は詰まった予定はないと言っていたのだし、起こしてお誘いするべきか。いやしかし、くたくたに疲れて眠っている兄を起こすだなんて。ようやくゆっくり眠れる時間が訪れたのに、こんな不謹慎な理由で安眠を妨げるなどあってはならない。
 頭では理解しているのだが、すっかり臨戦態勢が整った下半身にマッシュは頭を抱えた。ここまで元気になってしまったのなら、収まるのを待つよりも抜いてしまった方が手っ取り早いだろうか──抱えた頭をがりがりと乱暴に掻いたマッシュは、大きく息をひとつついて決心したように腹の下に手を伸ばす。
 下着の中に手を突っ込み、充分な硬度のものを緩く握ってみるが、空間の狭さでうまく扱けない。仕方なく腰布を解き、ほんの少し下着ごと下肢の衣類をずり下ろすと、分身が跳ねるように飛び出して来てマッシュはまた溜息をついた。
 エドガーの激務に合わせて溜め込んでいたものがはち切れそうになっている。心の中で兄に謝罪し、その臀部に跨ったままマッシュは腹の下のものを扱き出した。
 多少手つきが雑ではあるが、吐き出してしまえるならどうでもいい。そう思いつつがしがしと手を動かしたせいでベッドのスプリングが揺れ、その振動が不快だったのか、左頬を下にうつ伏せで眠っていたエドガーがまた小さな吐息を漏らして頭の向きを変えた。エドガーの小さな身動ぎに一瞬血の気が引いたマッシュは、それから兄に動く気配がないことを確認するまで間の抜けた格好で数分間息を殺し続けた。
 エドガーの寝息に乱れがないことに安堵はしたが、今ので若干萎えてしまった。しかし完全に鎮火するほどに萎れた訳ではないのがもどかしい。これでは抜くのも収まるのを待つのも時間がかかるばかりではないか。
 十数秒考えたマッシュは、また心の中でエドガーに手を合わせて謝罪しつつ、そっと手を伸ばしてシャツの裾をもう少しだけめくり上げた。腰の中央を走る背骨の盛り上がりが美しく、撫で回したい気持ちをグッと堪えながら今度は下衣にも指をかける。なるべく肌には触れないよう僅かにずり下ろすと、双丘の始点となる谷が覗いた。
(うっ……)
 マッシュとしてはオカズを増やして手っ取り早く熱を発散させようと安易な思いつきを実践しただけだったのだが、目に映る肌色の面積が広がったことで興奮は高まったものの、更なる欲求もまた膨れ上がってきてしまった。この生殺しの状態はかえって心身に良くないのではないだろうか。もっと下まで覗いてみたい誘惑が手招きする。
 ここまでずらしたら同じことだからもう少しくらいいいんじゃないか、と頭の中で悪魔が囁く。いやいややり過ぎだろう、眺めているだけでも充分不埒であるというのにこれ以上許可なく肌を晒すなんていけないことだ、早く済ませて兄をぐっすり眠らせろ、と煩悩を戒める天使も参戦し、マッシュの脳内で不毛な争いを始めた時、肌寒さを感じたのか再びエドガーが小さく身を捩った。
「う……ん」
 その腰のくねらせ方と艶っぽい吐息がマッシュの頭の天使を撃ち殺す。あとほんの少し、と悪魔に従ったマッシュは下着ごとエドガーの下衣を更に下ろしていく。
 引き締まった双丘の膨らみの頂点で一度指を止めようとしたが、勢い余ってズルリと下げ切ってしまった。うつ伏せに眠ったまま尻をあられもなく晒された兄を見下ろし、その色欲をそそる光景にマッシュは息を飲んで目を血走らせる。
 陽に当たらない白い尻には無駄な肉がなく、筋肉質であるのに適度な弾力もあることをマッシュは知っている。女性のような丸みこそないが、男性にしては目立つ毛などもなくこのまま彫像にしても映えるとマッシュが確信する程度には美しかった。
 しばらく触れていないこの肉を揉みしだきたい衝動に駆られてマッシュは下唇を強めに噛んだ。一度は萎えかけた腹の下のものもすっかり復活し、刺激が直に与えられるのを待っている。先端を中心に握り込んだマッシュは、分身を扱きながらエドガーの白い臀部を凝視した。
 その滑らかな肌に触れたい。二つの丘を割り開き、谷底に隠されている秘所を暴きたい。指の腹で抉じ開けようか、それとも舌を差し込むか──エドガーの寝息を掻き消すような荒い呼吸が空間を占め、だんだんと兄が目を覚ますことへの配慮が薄くなってきたマッシュは、より強い刺激を身体が欲しがっていることに抗えなかった。
 エドガーの下腹とシーツの隙間に両側から静かに腕を差し入れて、抱えるように腰を少しだけ浮かせた。尻を突き出すような格好になったエドガーの閉じられた太腿の隙間に、硬く聳える自身のものの先端をそっと当てがう。
 ほんのちょっと擦るだけ、と口の中でモゴモゴと言い訳を呟き、腿と腿の間に分身の頭を潜り込ませた。すでに先走りの液が滴っていたためにぬるりと滑りよく入っていったその快楽にマッシュは熱い息を吐き、最初はゆっくりと、しかしじわじわと腰の動きがリズミカルに速くなっていく。
 しなやかな筋肉を纏うエドガーの太腿が濡れ光り、何の抵抗もなくマッシュのものが出入りするのを受け入れているというのに、本人にその意識がないという罪深さが無性に興奮を高めていった。すっかり動きに遠慮がなくなったマッシュは、エドガーの尻の奥に擦り付けるように腰を揺らして自身の快楽を追い立てていく。
 ううん、と唸るエドガーの声にも気づかず、もう少しでイキそうとより腰の動きを速めた時、ぬめりのある液を塗りたくられた蕾が自然と受け入れ態勢を整えていたようで、ツルリと亀頭の先端が潜り込んでしまった。
(あっ)
「ふあっ……」
 ヤバイ、と思った瞬間、寝惚けの混じった悲鳴を上げたエドガーの頭が跳ね上がり、マッシュは慌てて腰を引く。入った時と同様にすぽんと抵抗なくモノは抜けたが、その刺激で再びエドガーの腰が弾かれたように大きく揺れた。
 冷や汗に背中を濡らして硬直するマッシュの前で、膝を立てて露わになった尻を突き出す格好のエドガーがゆっくりと身体を起こす。そして数秒間動きを止め、自身の状況を確認したのち振り返って現状把握を完了したエドガーは、震えるマッシュを睨みつけた。
「……おい、マッシュ……」
「あっ、えっと、その、」
「お前……何をしていた……?」
「ごごごごめんなさい……」
 青くなって手を合わせるマッシュの情けない下半身を見て青筋が浮かぶこめかみを押さえたエドガーは、呆れをありありと含ませて深く長い溜息をついた。
 そして中途半端に下ろされていた下衣をやれやれといった調子で脱ぎ去って、仏頂面はそのままに仄かに頬を赤らめながら、マッシュに向かい合って両腕を伸ばす。
「……やるなら、ちゃんとしろ」
「あ……兄貴ぃ〜……」
 飛びつくように抱き締めてきたマッシュの勢いそのまま仰向けに倒れたエドガーは、我慢のできなかった獣をあやすように額に優しくキスを落とした。