診断メーカーより
「マエドの幸せごはんは大きすぎる不格好なおにぎり」


「そろそろ休憩にしようぜ」
 ロックの言葉に頷いたマッシュとセッツァーは額の汗を拭ったり服の埃を払ったり、飛空艇を出てから太陽が真上に昇るまで連戦続きだった身体を休めるべく、見晴らしの良い丘の上で昼食の準備をし始めた。
 ティナが持たせてくれたハムと野菜のサンドイッチにシャドウ特製のゆで卵、保温容器に入れたスープとドライフルーツで十分腹は満たされそうだった。手早く食事を済ませて次の目的地へ急ごうとしているロックとセッツァーに対し、マッシュがまだ手付かずの包みを胡座をかいた足の間に乗せて、開きもせずにじっと見下ろしている。神妙な顔つきに気づいたセッツァーが不審げに眉を顰めた。
「なんだ、それ。食いもんじゃねえのか」
「……分からん」
「分からんってどういう意味だよ」
「兄貴が持たせてくれた」
 険しい表情で零したマッシュの台詞に顔を引きつらせた二人は、味が悪いどころか口にした人間に身体的ダメージを与えかねないエドガーの料理がすぐ傍にあるという事実に震え上がった。
「悪いことは言わん、見なかったことにしろ」
「でも俺直接受け取ったんだよ」
「適当に処分して、とりあえず食べたことにすりゃいいじゃねえか」
「そんな……、兄貴に嘘つくなんて」
 信じられないと言いたげに目を見開いたマッシュを前に、ロックとセッツァーは大きな溜息をつく。
「知らねえぞ」
「自己責任でな、俺は止めたからな」
 マッシュから目を逸らしてサンドイッチやゆで卵を黙々と頬張る二人を恨めしげに睨んだマッシュは、何かの重要任務を果たす前の気合い入れのごとく、重い深呼吸をしてから包みを開き始めた。
 布を解いて油紙を剥がすと、中から岩のような不思議な球体が現れた。一瞬爆発物かと身構えたマッシュは、それが全面海苔で包まれた歪なおにぎりであることに気づく。
 そういえば、以前兄が作ったものの中でおにぎりだけはかろうじて食べられると褒めたことがあった。当然本人に伝える時は絶賛に近い褒め方になったのだが、過大評価だと作り手は理解していないのだろう。
 それでもマッシュを思ってエドガーがこの不恰好なおにぎりを作っている姿を想像すると、じんわり胸が温かくなる。マッシュの顔ほどもありそうな巨大なおにぎりを前に、意を決したマッシュは一言いただきますと挨拶してから大きく口を開けて豪快にかぶりついた。
 一口目は塩気がなかった。かと思えば二口目は舌が痺れるほど塩っぱかった。それから何だか油っぽい気がした。
 ロックとセッツァーが憐憫の目で見守る中、ひたすら虚無を映す目でおにぎりを食べ進めるマッシュは途中で喉を詰まらせつつ、何の具も入っていない米だけのおにぎりを黙々と口に運び続けた。大丈夫、米と海苔と塩しか使われていない、味はともかくとして安全な食べ物だ。多分。
 何とか全てを咀嚼して飲み込んだ後の、ロックから差し出されたスープの美味いこと……いやそうじゃない、と首を横にぶんぶん振ったマッシュは兄の愛情に感謝しながらご馳走様でしたと手を合わせる。
 戦闘に向かう自分のために手ずからおにぎりを握ってくれただなんて、いじらしい話ではないか。これで昼からの戦いに向けてパワーチャージも完璧だ──拳を握って立ち上がったマッシュは、しかしすぐその場にしゃがみ込んだ。
「……どうした、マッシュ」
「……おなかいたい」
 ロックとセッツァーは顔を見合わせて大きく溜息をついた。


 帰艇後、機嫌良くマッシュを迎えたエドガーの笑顔は明らかに何かを期待している表情だった。マッシュからの一言を待っている──勿論手製の昼食についてのコメントに違いなかった。
 昼飯後に小一時間腹を下したマッシュの両脇からロックとセッツァーが肘で突いてくる。きちんと兄貴に説明しろと無言で嗾けてくる二人に挟まれ、正面にはきらきらさせた目を向けるエドガーを前に、若干痩せたマッシュは意を決して口を開いた。
「……あ、あの、おにぎりなんだけど……!」
「ああ」
 エドガーの瞳の輝きが増す。その顔を間近で見たマッシュは戸惑って眉を下げた。
「……、ちょっと、大きかったから……、もう少し小さい方が、食べやすいな……」
 ロックとセッツァーががくりと肩を落とす。
「そ、そうか、大きすぎたか……お前はたくさん食べると思って……」
「うん、ちょっとだけ、大きかった……。……でも、嬉しかったよ……ありがとう」
 マッシュの礼を耳にしたエドガーは喜色満面の笑みを浮かべ、また作る、と意気込みを頼もしく口にした。
 マッシュは両脇から感じる友人の視線の重さを振り切り、今目の前にあるエドガーの喜ばしい微笑みを守って悔いなしと力強く拳を握り締める。
「今日のおにぎりはなかなかツヤツヤして見た目も良かっただろう? 機械油が決め手だったな」
 自慢げに説明するエドガーを力のない目で凝視したマッシュは、「機械油?」と思わず尋ねずにいられなかった。
「ああ、米ってやつはベタベタ手にくっつくからな。油を塗ったら綺麗にできたぞ」
「……、今度は、水で手を濡らすといいよ……」
 乾いた笑みを浮かべたマッシュの眼差しが何処か遠くを見ていることには気づかず、次は何を作ろうかと楽しげに思案するエドガーだった。

(2018.03.17)