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「なあ。お前、俺の何処が好きだ」

 冗談めかしたやや上ずった声は酔いが回ってこそだろう。素面の兄はこんなことは尋ねたりしない。酔っ払いであるのをいいことに、戯けてくだらない質問をしていると見せかけて、存外本音で聞いてくる。
 赤く縁取られた目尻がこちらの反応を興味深げに見張り、ピクピク動く様は可愛らしいと素直に思う。目は口ほどに、とはよく言ったものだ。兄の場合、口をついて出てくる言葉よりは深い青の瞳を覗いた方がずっと心が見えやすい。雄弁な美しい瞳がとても好きだ。
 かと思えば、長い睫毛の隙間から覗く蒼玉のようなこの瞳は、時折鋭く光を迸らせて見る者を平伏させる。ピリッと空気が引き締まり、背中を駆け上る震えがたまらなく高揚感を盛り立てる。王者の眼と向き合うにはそれなりの覚悟が必要だ。
 もっとも今のようにアルコールを嗜んで赤く蕩けた状態では、両方の青を拝むのは難しいが──どちらも愛すべき瞳だ。
 質問の返事を待つ間、焦れったく指にこめかみから垂れている艶やかな髪を絡め取る仕草も綺麗で見惚れてしまう。
 幼い頃はよく似た髪質だったはずが、十年間陽の下で修行を続けた自分の髪は水分を吸い取られたかのように硬質になり、隣に並ぶとしっとりと光を侍らせる兄の金髪がより美しく映えた。その頂きに王の冠が見えてくるほどに──昔から愛してやまない輝く金の長い髪は、兄が選ばれし者であることの証。
 藍色のリボンで束ねた艶も、閨で乱れて散らばる様も、選びようがないほどこの胸を騒がせる。一房掬い取った髪に許される限りずっと口づけをしていたいくらい、長い金髪には求める理想が全て備わっていた。
 その髪を絡めた指だって、優雅な仕草に反して意外なほど厚い皮で覆われていることを知る者は少ない。機械城フィガロの王に相応しく、機械を愛する兄の指は自ら機器を扱う職人のそれだ。手袋を脱げば機械油が染み付いて微かに黒ずんだ指の腹が現れる。その硬い指はフィガロの誇り。
 兄がこれまで創り上げてきたものが刻み込まれた汚れた指先が愛しくてたまらない。その指ごと兄の手を包み込んで暖めるのが好きなことは気づかれているのだろうか。
 離れる寸前まで同じ十七歳の子供だったはずの兄は、あのコインが動きを止めた瞬間から故国の王となった。その背に幾千の民の命を庇い、自分では想像もつかない頭を使った国同士の駆け引きを行いながら、いつも涼やかな笑みを口元に湛えて何でもないことのように前を向く。
 その頼もしい背中が、この胸に収めると安心したようにほんの少し丸くなるのを知るのは自分だけで良い。決して弱音を吐かない不敵な表情が自分の前でだけ揺らぐ様は、他の人間に見せるつもりは一生ない。
 難しい案件に頭を抱え、香りの良い紅茶に顔を綻ばせ、手製の菓子を美味しそうに頬張り、思い出話に目を細めて花を咲かせる、その全ての表情が眩しいくらいに輝いて見える。
 あどけない寝顔も、目覚めた時の微睡んだ微笑みも、どの姿もどんな瞬間も、愛しさが募って言葉には表せない。貴方の全てが大切なのだと、どう言葉を尽くせば伝えられるだろうか。
 だからいつも、小さく笑って「全部だよ」と答える。すると兄が、また適当なことを、と毒づいて鼻で笑い返すのがお決まりのパターンだ。

 ああもうひとつ、その不満げに尖らせた唇の端が満更でもなくほんの少し緩んだ様子も、今すぐ盗みたくなるくらいとてもとても好きだよ。

(2018.03.19)