4/4のあんパンの日によせて(1日遅刻)


 道具屋に寄って行くよと一人別行動を取ったマッシュが飛空艇に戻って来た時、その手には買い物を済ませた袋の他に小さめの麻袋が握られていた。聞けば店の棚から落ちてきた小麦の袋を受け止めた上、壊れた棚の修理を請け負ってやったお礼にもらったとのこと、中を開くと赤黒い小さな豆がぎっしり詰まっていた。
 フィガロでは見たことのない、子供の小指の爪のような小さな豆にエドガーとマッシュが首を傾げていると、通りかかったカイエンが輪に加わる。袋の中を覗き込み、懐かしそうに目を細めて「小豆でござるな」と呟いた。
 ドマでは大衆的な豆の一種らしく、よく妻が煮ていたと感慨深げに眺めるカイエンに、マッシュが調理方法を尋ねる。カイエンは少し考えて、自分にも見せろと三人の周りをぴょんぴょん跳ねるガウの顔に目を留めてから、何か良いことを思いついたかのようににっこりと笑った。
 妻が作っていたものの見様見真似だと前置きしたカイエンに付き添われ、小豆を手にしたマッシュがキッチンに立つ。鍋の小豆をたっぷりの水に浸して火にかけて、ぐつぐつ煮込んで数十分。硬さを確かめて一度湯を切り、再び水に浸けてと面倒な作業を傍で見ていることに疲れてきたエドガーは、ダイニングチェアに腰掛けたままいつの間にかウトウトと船を漕いでいた。
 ハッと気づいた時にはキッチンには灯りがつき時刻は夕刻。エドガーが目をこすりながら未だマッシュとカイエンが格闘中のキッチンを覗き込むと、先程煮込んだ小豆に大量の砂糖が投入されていた。豆を甘く味付ける習慣のないフィガロの国王は絶句し、そろそろと後退りする。
「水気が無くなってきたでござるな。あとは小豆の粒を潰せばあんこの出来上がりでござる」
「アンコ?」
 マッシュが鍋の中身を押し潰すように掻き混ぜながら首を傾げると、カイエンは穏やかに微笑んだ。
 エドガーが眠っている間に下準備を済ませていたらしく、膨らんだパン生地の中に「あんこ」なる小豆を煮たものを丸めて押し込んでいくマッシュの手元を黒魔術でも見るような目で、エドガーの眉間にはすっかり皺が寄っていた。
 後は焼いたら出来上がりと、オーブンに押し込まれたあんこ入りの丸いパンが焼ける様をガウが目を輝かせて見守る。使った器具を洗うマッシュを手伝いながら、カイエンはこのパンが「あんパン」という名前なのだと教えてくれた。
「ミナの焼くあんパンはシュンの大好物でござった。大人も子供もみんな喜ぶホッとするおやつでござるよ」
 やがてオーブンから香ばしい匂いが漂い始め、釣られるように仲間たちがキッチンに集まり始める。パンが焼き上がる頃には仲間は勢揃いしていた。
 焼き立てのあんパンを手にしたガウとリルムが、一口齧って顔を綻ばせた。ティナとセリスも頬を押さえて微笑み、ロックはペロリと一個平らげてお代わりを狙って、あのセッツァーですら美味いじゃねえかと肩を竦めた。
 しかしエドガーは手を出そうとしない。ガウがリルムが渡そうとしても、ティナがセリスが美味しいわよと後押ししても、誰に勧められてもエドガーは遠慮がちな笑みを見せて、そんなに美味しいのなら皆でどうぞと手のひらを向けて距離を置こうとする。
 初めて食べるあんパンの味に目を丸くして口角を上げたマッシュは、拒否し続ける兄へ悪戯っぽい視線を向けた。そして自らの食べかけのあんパンを一欠片ちぎり、エドガーの元へ歩いてホラ、と手渡す。反射的に受け取ってしまったエドガーは、仲間たちの視線を一斉に浴び、酷く困った顔をしてから意を決したように欠片を口に放り込んだ。
 顰めっ面がほろりと解け、満更でもなく緩んだ口元を見てマッシュもカイエンも仲間たちも顔を見合わせて皆笑った。



 ***



「ガウ殿、フィガロから手紙が届いたでござるよ」
 中庭にて、かつての仲間に倣って自主鍛錬をするガウの元に現れたカイエンを振り返り、額の汗を腕で拭ったガウは破顔して駆けてきた。
「マッシュから!? おれ、読めるかな!?」
「随分勉強したでござるからな。優しい言葉で書いてくれているでござる」
「おれ、自分で読む!」
 カイエンから手渡された手紙を真剣に読むガウに目を細め、カイエンは在りし日に過ごした仲間たちとの賑やかな日々を脳裏に呼び起こす。
「カイエン! マッシュとエドガー、またあんパン食べたいって書いてあるぞ!」
「今年もそろそろフィガロに小豆を送る季節でござるなあ。お二方とも元気そうで何よりでござる」
 遠くフィガロに続く青い空を見上げ、カイエンは懐かしい笑顔を思い浮かべて微笑んだ。

(2018.04.05)