4/10のショートカットの日によせて(1日遅刻)


「見送りはいらないよ」

 微かな笑みを乗せた唇がそう告げた後にしっかりと結ばれ、追求の言葉を受け付けない意思表示を感じたエドガーは黙って頷いた。
 自分よりも一回り近く身体の小さな弟は、静かな澄んだ目でややしばらくエドガーを正面から見上げていた。動く気配のないマッシュを前に、エドガーもまた唇を開かずに視線を合わせて同じ時間を共有した。沈黙は長く、不意にマッシュが軽く細めた目をくっきり開き直すまで続いた。
「じゃあ、おやすみ」
 いつもと変わらない調子で優しく微笑み、マッシュはくるりと踵を返す。頸に揺れるリボンで結んだ長い金髪が翻り、遠ざかる背中にエドガーも「おやすみ、マッシュ」と小さく呟く。
 その声に一瞬足を止めたマッシュは、しかし振り返ることなく再び歩みを進めて離れて行った。

 夜明け間近、眠れないまま窓から朝焼けを眺めたエドガーは、足音を忍ばせてかつての弟の部屋に出向いた。ノックをせずにそっと開いた扉の向こうはがらんとしていて、昨日までの部屋の主人の気配は微塵も感じられなかった。
 荷物が整理された卓上に何か置かれていることに気づいて近づくと、畳まれた揃いのリボンに長い金の髪の房が添えられていた。柔らかな髪に手を伸ばして握り締め、静かに持ち上げてエドガーは目を閉じ唇を寄せる。
 指からすり抜けた金の髪の毛がはらはらと数本床に落ち、そのまま行方が知れなくなった。

(2018.04.11)