萌えシチュエーション15題より
「1.お風呂で髪の洗いあいっこ」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/)


 天井に向けた鼻の先が後ろからほんの少し見える角度で顎を上げ、うっとりと目を閉じるエドガーの濡れそぼった髪は実に艶やかで触り心地が良い。
 きめ細かな泡で丁寧に兄の髪を洗うマッシュは、生え際ギリギリの位置から入念に指先で圧を加えつつ地肌を揉むように洗うと、エドガーの唇から心地好さそうに吐息が漏れるのを後ろから楽しげに眺めていた。
 兄は髪や頭を弄られるのが好きだ。
 本人がそう認めたことはないが、頭皮を柔らかく揉んだり濯ぎで優しく髪を撫でたりしている時に横からコッソリ顔を覗き込むと、口元の緩んだ恍惚の表情が雄弁に至福の瞬間を表している。兄の満足げな顔を確認し、マッシュもまた嬉しそうに笑みを零してせっせとエドガーの髪を整えるのだった。
 毎晩という訳ではないが、一緒に風呂に入る時はマッシュがこうしてエドガーの髪を洗うのが常となっていた。
 兄に何かしてやるのが好きなマッシュと、弟に何かされるのが好きなエドガー。利害の一致した二人にとっての穏やかで幸せな時間に、今日はほんの少しだけ変化があった。
 洗い上げた兄の髪が湯船で広がって絡まらないよう緩く結って纏め終えた時、後方のマッシュを振り向いたエドガーが嬉々として「交代しよう」と告げた。何のことかと首を傾げたマッシュの肩を掴んだエドガーは、ぐいぐいと押して自分に背を向けさせる。
「たまには俺もお前の髪を洗ってやろう。そっち向け」
「え!? い、いや俺はいいよ……」
「兄の好意が受け取れんのか」
 声色が少し下がった、これは大人しく言うことを聞いた方が良さそうだ──マッシュが観念して兄に広い背中を向けると、うなじを覆う髪をくいくいと引っ張られた。動きに合わせて顎を上げると、やや乱雑にシャワーの湯を浴びせられて飛沫が顔にも飛び散り、マッシュは反射的に目を瞑る。
 水の音に混じって鼻歌が聞こえる。どういう風の吹き回しだろう、普段は進んでこんなことやりたがらないのにとぶつぶつ口の中で呟くマッシュが気になるのか、時折髪の毛先を引っ張るエドガーが不慣れな手つきでマッシュの頭に泡を乗せた。
「何で急に、って思ってるんだろ」
「う、うん」
 ふわふわと泡をかき混ぜるように動くエドガーの指先の動きは、日頃自分で洗う時と違って繊細過ぎて擽ったい。意思に反してぴくっと肩が跳ねてしまうのを堪えようと、マッシュは膝の上で拳を固く握り締める。
「お前がな、俺の髪を洗ってる時にあんまり幸せそうな顔をするものだから」
 エドガーの言葉に目を閉じたままのマッシュの眉が持ち上がった。──薄眼を開けていたとは気づかなかった。
「髪を洗ってやるのはそんなに良いものかと」
「……うっ」
 右耳の後ろをやんわりと撫でられた瞬間、ぞわっと背中が粟立った。擽ったいだけではない、腰までビクリと揺れてしまうようなむず痒さ。
「ふふふ、何か動物を洗っているようだな」
「どういう意味、だよっ……」
 また右耳の後ろ。間違いない、分かってやっている。新しい弱点がバレてしまった。
 一度意識してしまうと、長い指が触れる箇所全てが過敏になって身体が勝手に反応してしまう。
 擽ったい、でも気持ち良い。髪を洗われているだけなのに、顎を上げて奥歯を噛み締め理性の引き留めに必死だなんて、後ろで兄が北叟笑んでいるのが見えるようだ──さらさらと後頭部を伝う温かな湯の音に紛れて吐き出した息は、マッシュが思っているよりも湿度の高いものだった。
「よーし、こんなもんだろう」
 最後に旋毛から襟足に向かって滑らかに撫で付けられ、ぎゅっと首を縮めて肩を竦めたマッシュの背後でエドガーがくつくつと笑う。
「身体も洗ってやろうか?」
「遠慮するよ」
 即座に返答したマッシュの言葉に再び笑ったエドガーは、ぱちんと大きな背中を叩いた。その軽い痛みで濃度の上がった空気が元に戻ったような気がして、ホッと安堵で肩を下ろしたマッシュが身体の向きを戻そうとした時。
「続きはベッドでな」
 吐息混じりの小さな声が耳にそっと注がれて、一気に熱を帯びた全身から汗が噴き出してきた。
 素知らぬ振りで身体を洗い始めたエドガーを憎らしく振り返ったマッシュは、やはりされるよりもする方が性に合っていると、先ほど兄が撫でた右耳の後ろをがりがりと乱暴に掻き毟った。

(2018.05.03)