らしくなく物思いに耽っているところをカイエンに見られ、恋煩いでござるかとからかうように尋ねられた時にそんなとこ、と答えたのがまずかった。
 目を輝かせた兄貴が聞いたぞとやってきた。お前好きな子ができたんだって──実に嬉しそうに肩を組んでくる兄貴に、面倒臭くなってまあねと返す。
 どんな子だ、と聞かれたから美人だけどちょっと鈍感だよと説明した。そうか美人か、お前も磨けばいい男だからそれは心配するな、でも鈍感なのは困るからどんどん押せと無責任なことを言ってくる。
 その人は俺なんか眼中ないから無理だよと吐き捨てると、そんなことない、お前は優しくて誠実で誰よりも強くて男らしい、こんなに魅力的な男はそうそういないから自信を持てと背中を叩かれた。悩んでるならいつでも相談しろ、俺が口説き方を教えてやると偉そうに言った兄貴は上機嫌で去っていった。
 どうせティナかセリスのどちらかだと思い込んでるんだろう。まるっきり望みのない相手に自信を持てるはずがない。自分を口説く方法を聞かれたらあの鈍感な兄貴は何と答える気だろうか。

 *

 教えた通りにやってみるんだぞ、と得意げに言われたので、つい苛立って「じゃあ」と兄貴の手を取った。
 すらっとした長い指が揃った手の甲に恭しく唇を当て、驚きに見開かれた兄貴の瞳を真剣な目で見つめて教えられた通りの口説き文句を告げる。
「朝も昼も夜も兄貴のことしか考えられない。俺の生涯をかけて兄貴だけを愛するから、俺の気持ちに気づいてくれないか」
 兄貴は目をまん丸にしてぱちぱちと瞬きをし、一瞬の間の後ほんのり頬を赤らめて、それからハッとして俺の手を振り解いた。
「馬鹿、俺で練習するな」
 どこまでも鈍感な兄貴を苦々しく睨みつけ、違う、と短く吐き捨ててから兄貴の両肩を強めに掴んだ。
「これ、本番」
「……? いや、だから俺に言ってどうする」
「好きな相手に言えって言っただろ」
「だから、なんでそれを俺に」
 ああもう、ここまでしてどうしてこの人は気づかないんだ──どうにでもなれと、自棄になって抱き寄せた兄貴の唇を強引に奪うと、完全に固まった兄貴の顔が爆発したみたいに赤くなった。

(2017.09.05)