「わー何作ってるの!? おやつ!?」 小腹でも空いて何か物色しに来たのか、キッチンに現れたリルムがカウンターでボウルを抱えるマッシュの元に走り寄って来た。 泡立て器を手に振り返ったマッシュは、にんまりと笑って「ナイショ」と答えた。悪戯っぽい笑顔の大柄な男を頬を膨らませて見上げたリルムは、何が作られるのか正体を突き止めるべく居座ることを決めたらしい。テーブルに収められていた椅子を引っ張って来て、マッシュの隣に並べてその上に立ち上がった。 割り入れた卵を慣れた手つきでかき混ぜるマッシュと同じ高さでボウルを覗き込むリルムは、カウンターに並んだ小麦粉や砂糖を眺めて期待に目を輝かせる。 「ひょっとしてパンケーキ?」 「さあ、どうかな」 「あ、でも卵の量が多いから違うか……。あんた、何でも作っちゃうよね」 「何でもは無理だ」 笑いながらマッシュが答えた。 「そうかなあ? 後さ、あんたたちって結構甘いもの好きだよね〜」 自分だけでなく誰かとの複数形で呼ばれたことを疑問に思ったマッシュが不思議そうにリルムを見ると、リルムは呆れたように眉を寄せて立てた人差し指をマッシュに突きつけた。 「あんたたちって言ったら、あんたと色男しかいないでしょーが」 「ああ、そっか」 「お酒飲む人は甘いものは好きじゃないってママが言ってたのに、あんたたちはどっちもイケるよね」 「そうだな、兄貴もああ見えて甘いものは好きだ」 マッシュが時折手作り菓子をエドガーの元に運んで行った時の兄の嬉しそうな顔を思い出し、マッシュは密かに頬を緩める。 「王子様だったらたくさんおやつもらえたんでしょ? いいなあ〜」 「そんなことないさ。ばあやがうるさかったからな、好きなだけ食べたりなんて出来なかった」 「そうなの?」 意外だと言いたげに大きな目をぱちぱち瞬きさせるリルムに微笑んで、マッシュは幼い頃の自分と兄の姿に思いを馳せた。 「よく兄貴とおやつが少ないって零してたな。でも兄貴が自分の分も俺に分けてくれたりして、ホントはそんなに不満でもなかった」 「へえ、色男優しいじゃん」 「俺の自慢の兄貴だからな」 誇らしげに歯を見せて笑うマッシュに対し、うんざりした顔で肩を竦めたリルムは聞き飽きたとでも言いたげに目を据わらせた。 そんなリルムに苦笑しながら、マッシュはぼんやりと過去の景色を思い起こす。 * 「ちえ、ばあやのケチ。もっとたくさんおやつくれてもいいのにさ」 午後のティータイムの後に予定されていた家庭教師が来る前に、部屋を抜け出したエドガーとマッシュは普段は近寄らない客間が並ぶ廊下に忍び込んでぶつぶつと文句を零していた。 「ちょっと足りないよね」 「な! 食べ過ぎはよくありませんってさ、聞き飽きたよ」 乳母の口調を真似する兄にクスクスと笑うマッシュの背後で、客間の扉がひとつ開いた。驚いて振り返った双子と、部屋から出て来た恰幅の良い男が目を合わせてお互い驚いた顔をした。 男は仰々しい刺繍が施された翡翠色のジャケットを身に付けており、一目で貴族の位と分かる。太々しい眉の下の糸のような目が、二人を認めて真ん丸に見開かれた。 「やあ、子供がこんなところにいるとは。どうしたね、迷子にでもなったか」 どうやらこの貴族はこの城の王子の顔を見知っていないようだった。告げ口されてはまずいと曖昧に笑った二人が黙ったまま首を横に振ると、不思議そうな顔をしながらも気の良さそうな男は何か思い出したような笑顔を見せた。 「ああそうだ、いいものがある。待っていなさい」 そう言って一度部屋に戻った男が再び扉を開いて出て来た時、その手には小さなリボンで結ばれた包みがひとつ握られていた。 「珍しい異国の菓子だそうだが、私は甘いものが好きではなくてね。君たちにあげよう」 エドガーとマッシュは顔を見合わせて頬を紅潮させ、輝く瞳で男から包みを受け取った。開いて覗き込むと、色とりどりの砂糖菓子が詰められている。思わず頬が緩んだ同じ顔を突き合わせ、二人は男にぺこりと頭を下げた。 「レネにちょっと多く分けてやる。お前は身体が小さいから、たくさん食べて大きくなるんだぞ」 「いいの?」 普段食い意地の張っている兄の珍しい提案にマッシュが目を丸くすると、エドガーは照れ臭そうに小鼻を膨らませた。 「俺はお兄ちゃんだからな」 その誇らしい表情に憧れの眼差しを向けたマッシュは、ありがとうと礼を言って少し多めの砂糖菓子を両手で包んだ。 人目を忍んでやって来た中庭で砂糖菓子を分け合って、口の中で解れる甘さに二人は目を蕩かせる。 「あのおじさん、甘いもの好きじゃないって、かわいそうだね」 「勿体無いよな。……俺たちも大人になったら甘いもの好きじゃなくなるのかな」 「そういえば、父上もあんまり甘いもの食べないね……」 エドガーとマッシュは顔を見合わせ、不安げに眉を下げた。ふいにキリッと目に力を入れたエドガーが、砂糖菓子を持つマッシュの手に優しく触れる。 「俺たちは大人になっても甘いもの一緒に食べような! 二人でずっと分けっこしようぜ!」 兄の提案に顔を綻ばせたマッシュは、嬉しそうに笑って大きく頷いた。 「うん!」 「よし、もうちょっとオマケしてやる」 「ロニのがなくなっちゃうよ」 「大丈夫だ、俺はお兄ちゃんだから!」 * 笑い合って砂糖菓子を頬張り、後から口の周りの砂糖の粉を乳母に見咎められ、知らない人から菓子など受け取って毒でも入っていたらどうするのかとたっぷりお説教を受けた。 懐かしい記憶にふと微笑んだマッシュは、出来立ての菓子と紅茶を乗せたトレイを片手に兄の部屋をノックする。 「どうぞ」 穏やかな返事を受けて遠慮なくドアを開けると、マッシュを見つけたエドガーが机に向かったまま嬉しそうに目を細めた。 「有難い、丁度小腹がすいていた。……今日は何だ?」 「へへ」 マッシュがトレイを机上に乗せると、エドガーが眉を持ち上げて頬を緩める。 「ロールケーキか」 「あたり」 二人分の厚みがあるほんの少し歪なロールケーキを、添えられていたナイフを手に取ったマッシュがその場で切り分け始めた。 クリームと昨日摘んだ木苺が巻かれたロールケーキは、きっちり二等分というよりは大小に分かれて切られてしまい、マッシュは失敗したと頭を掻く。 くすっと品良く微笑んだエドガーは、大きめに切られたロールケーキの皿をマッシュの方へと押し出した。 「大きい方はお前がお食べ」 「いいの?」 「ああ、お前の方が身体が大きいんだから、たくさん食べるといい」 当然とばかりに告げたエドガーに、過去の兄の姿を重ねて浮かべたマッシュは吹き出すように笑った。 「なんだ?」 「いや、なんでも。食べよう、一緒に」 昔からずっと変わらずに兄は兄である──大人になっても向かい合って好物を分け合える喜びをひしひしと感じ、その甘さにマッシュは目尻を下げた。 |