数ヶ月に一度のお楽しみ、本日の夕食は時々気まぐれにエドガー専属のシェフとなる、マッシュの特製フルコース。 一国の王であるが故に多忙を極めるエドガーは、国民が想像するような優雅なディナーをのんびり楽しむ時間などない。 よって普段は、高級食材を使ったお抱え料理長の賄い料理のような、豪華なのか質素なのか判断が難しい食事で適当に腹を満たすことが多かった。 そのラインナップに時折顔を出すのがマッシュの手料理だった。 既存のメニューに一品付け加えてくれることもあれば、マッシュが丸ごと料理長の代わりを務めることもある。マッシュが暇な時間に気まぐれで作ってくれる食事は、かつての旅を思い起こさせてエドガーの心に安らぎを与えてくれた。 そのマッシュの料理がたっぷり楽しめる特別なフルコースは、エドガーに時間の余裕が出来た時に提供されるマッシュからのご褒美のようなものだ。 仕事の区切りが見えてディナーを満喫できそうな日が近いことを悟ると、マッシュが何を食べたいのかリサーチに来る。エドガーはその日を楽しみにしつつ、あれこれと好みのメニューをマッシュに伝えるのだった。 そして待望のフルコースはエドガーの要望通りに揃えられ、食卓についたエドガーは相好を崩して自分のための料理を歓迎した。 料理長が作るような繊細なものではないが、どれもこれもマッシュの愛情が込もって素朴で優しい味がする。長いテーブルの対面に座ったマッシュが穏やかに微笑んで、浮き浮きとフォークを動かすエドガーを見つめていた。 「お前が作る豆のスープはやはり美味いな。旅の頃から好きだった。この肉は石で焼いたやつだろう? 香ばしくなって好きなんだ。この蒸し野菜は新しいな、これも俺の好きなソースだ……、……なんだ、お前は食べないのか」 並べられた皿の上の料理を次々と頬張るエドガーに対し、マッシュは手を動かすよりもエドガーをにこにこと眺めている時間の方が長く感じられる。 訝しげに眉を寄せたエドガーの向かいで、マッシュが感慨深げに目を細めた。 「……兄貴さ、覚えてる? みんなと旅してた頃、俺たちがコルツ山で逢ってすぐの頃……兄貴、ティナにこう言ってたよな」 『今日は何を作ろうかしら……ねえエドガー、好きな食べ物は何?』 『ああ、私は好き嫌いがないから何でも食べられるよ』 エドガーは瞬きし、マッシュが告げた会話について記憶を辿る。 しかし実に何気ないやり取りを特別に思い出すことはなく、何故マッシュがそんな他愛のない過去の会話を持ち出したのかと不思議そうに首を傾げてみせた。 マッシュは優しい微笑を浮かべ、エドガーの疑問に答えるべく口を開いた。 「兄貴、絶対『これが好き』って言わなかったんだよな。嫌いじゃない、食べられるとは言うんだけど、好きなものが何かは言わなかった。……一緒に旅してて、兄貴に好きなものがないんだって気づいたよ。何でも食べられるけど、特別好きなものはない。だから何食べても同じ顔してた」 エドガーは目を見開く。 マッシュの言葉は意外ではあったが、覚えがない訳ではなかった。 確かにマッシュの言う通り、好きなものはと尋ねられても何も浮かんだことはなかった。何だって食べられるが、それは好きだからではなく栄養補給が目的だったからだ。 いつの頃からか、食事の時間に楽しさを追求することがなくなっていた。 「……でもさ、旅の間に変わっていった」 マッシュはぽつりと呟いて、優しい眼差しはそのままに止まっていたスプーンを動かす。 スープをひと掬い口に運び、満足げに息をついてから、マッシュは再びエドガーに顔を向けた。 「兄貴の美味しい顔が見られるようになってきた。食べることが楽しそうになっていった。イキイキしてきたって言うか……子供の頃、二人で飯食ってた時みたいにさ。俺、兄貴に好きなものが出来るの、嬉しいんだ。これが好きって、兄貴が笑ってるのを見るのが嬉しい。俺の作った飯、好きだって食べてくれるの、すげえ嬉しいよ」 「……マッシュ……」 「兄貴にどんどん好きなものできるといいな! 食いモンだけじゃなくて、いろんな兄貴の好きなものが増えたらその分兄貴がたくさん笑ってくれるからな! 好きなもの増えたら俺にも教えてくれよ」 そう告げて歯を見せて笑うマッシュを眩しげに見つめたエドガーは、何度かの瞬きに合わせて照れ臭そうに目を逸らした。 表情を隠すように前髪を整えるフリをしながら、指の隙間からマッシュの様子を伺う。 マッシュの料理は好きだ。 だけどそれ以上に好きな存在があることを、本人に伝える時は来るのだろうか。 マッシュの細めた目から注がれる暖かな視線に動揺する心を宥め、また一口フォークを運ぶ。 ──大好きだ。 作った人のように優しい味が喉の奥を通り過ぎるのと同時に胸の中で囁いて、気恥ずかしさに喉も胸も詰まらせグラスの水をぐいっと呷った。 そんな昔話をふと口にしたら、ずらりと並んだ自慢の手料理を前にマッシュが笑いながら、「これからもずっと笑っててくれよ」と食前酒代わりのキスをくれた。 |