1日遅刻の蜂蜜の日(8/3)によせて


 好きな食べ物はと聞かれたら勿論第一に胡桃の名を挙げるのだけれど、その他にはと尋ねられたらかなりの上位に蜂蜜を思い浮かべる。

 蜂蜜単品で食べることは滅多にないが、様々なメニューに彩りを添える名脇役としてキッチンには欠かせない。
 たとえばパンケーキにかけてみたり、紅茶に加えて味や色の変化を楽しんだり、先に挙げた胡桃を入れて漬け込んだり炒って和えたりしても香ばしさが引き立ってとても美味しい。
 風邪を引いた時はジンジャーをすり下ろして蜂蜜をたっぷり入れたドリンクを作る。喉の痛みには覿面だ。
 レモンとの組み合わせも最高で、修行の合間に食べる蜂蜜漬けの輪切りレモンは爽やかな酸味が疲れた身体に染み渡る。
 菓子に限らず料理のアクセントにも使えるし、ひと瓶あれば何通りものメニューに活かすことができる。スプーンに重たく絡みつく、とろりとした黄金色の甘い蜜。一匙掬って持ち上げて、糸のように細く垂れ落ちる線をじいっと眺めているのも存外に好きだった。
 光を照らして艶やかに輝く美しいこの色は、何よりも愛する色。砂漠の砂の煌めきにも似た、人々の羨望の眼差しを集める太陽の色。


 今、胸の真ん中で頬を潰して穏やかな呼吸と共に目を閉じている愛しい人がいる。
 規則正しい息に合わせて身体が緩やかに上下しているが、眠っている訳ではなさそうだった。時折思い出したように瞬きをしているようで、睫毛が肌を擦るのが擽ったい。
 ゆらゆらと天井を照らすランプの控えめな灯りでさえ、この寛いだ人が持つ柔らかな頭髪を美しく際立たせる。
 情事の際に解いた長い髪が白い背中を覆い隠し、その金糸のような神々しさは一掬いを指先で弄ぶことが罰当たりに感じるほど。
 それでも指の間をつるりとすり抜ける髪の感触が心地良くて、何度でも手櫛で梳く。おもむろに握った一束を緩やかに持ち上げると、空間を優しく照らす灯りが透けて見惚れるような蜂蜜色になった。
 本物の蜂蜜よりもずっと芳しく、甘やかで、指にとろりと絡みつく錯覚に胸を焦がしながら、思わず毛先を口に含んだ。
「……こら」
 苦笑混じりの色づいた声が優しい抗議を囁く。
 悪事が髪を通して伝わったようだ。短く笑って謝罪の代わりにし、名残惜しげに蜂蜜色を解放する。
 唾液を絡めた金の毛先は蜂蜜に増して艶を放ち、妖しく身をくねらせて背中に舞い戻った。
 これくらいでは甘さが足りない。胸の上の顔に手を捧げ、恭しく顎を掬い上げて蜂蜜など目じゃない甘い甘い唇を吸い上げる。
 この瞬間だけはいつも、世界中の食べ物が蜂蜜だけになっても構わないとさえ思ってしまう。
 勿論胡桃があればもっと最高なのだけれど。

(2018.08.04)