2018年のフィガロ兄弟誕生日祝いのお話


 つ、つー、と指先で未だ肌に浮かぶ汗の玉を潰して辿りながら。
「同じだけ歳を重ねていると言うのに、随分と違うもんだ」
 掠れた声で囁いて、盛り上がった胸の片方にどっかりと頭を乗せ、もう片方の胸の膨らみに汗で濡れた指先を沈める。
 見た目よりずっと柔らかい、膨よかな胸を遠慮なしに突いていると、不意に鋼にでも変わったかのように胸筋が硬くなった。
 心地良かった枕がカチカチになったと、エドガーが顎を上げて不服そうに唇を尖らせる。
 マッシュは軽く笑って力を抜いた。元の柔らかな感触が戻り、満足そうに息をついたエドガーは、改めてマッシュの胸に頬を擦り寄せ居心地の良い場所に埋める。
「そりゃあ起きてる時間の半分以上は修行してるんだし」
 マッシュの声にも普段に比べて潤いがなかった。
 荒い呼吸は落ち着いたが、ほんの少し前まで耽っていた行為の興奮がまだ冷め切っていないのか、胸に当てている耳へ速い鼓動を伝えている。
 微かに脈打つ胸に愛おしそうに頬擦りして、エドガーが戯けた口調で負け惜しみを呟いた。
「昔は俺の方がいい身体だったのに」
 潰しても潰しても浮かんで来る汗の玉をひとつひとつ指の腹で潰す。
 飽きもせず繰り返すエドガーの指が擽ったいのか、マッシュは軽く身動ぎしながら苦笑した。
「兄貴だって、王様やりながらここまで鍛えてるんだから凄いよ」
 エドガーの背中を支えていたマッシュの腕がするりと下がり、脇腹から腰を撫で下ろした。その手つきに若干の含みを悟ったエドガーが、お返しとばかりにマッシュの胸の頂きを指で弾く。
「お前が言うと嫌味にしか聞こえんぞ。ぜーんぶ俺よりデカくなっちまった癖に」
 そう投げやりに口にしてから、エドガーは膝を曲げて意味深にマッシュの太腿の上部、脚の付け根に近い場所へ押し付けた。
 その途端、突然がばっと身を起こして抱いていたエドガーの身体をひっくり返したマッシュは、ベッドに押し付けられて身動きの取れないエドガーの胸の飾りに口付けた。
 大きく開いた口で輪郭が見えなくなるほど、呑み込むようにその場所を吸い上げられたエドガーの背中がビクリと反る。
「ンッ……」
 完全に弛緩していた身体に敏感な場所から不意の刺激を与えられ、エドガーが咄嗟に胸に貼り付く不届き者の頭を掴んだ。
 唇は離れたが、そのまま息の触れる距離で短く笑われ、その些細な空気の振動ですら腰が揺れてしまうことにエドガーの眉間が狭くなる。
「ここは俺より兄貴の方がデカいけど」
 すっかり硬く尖った乳首の輪郭を、くるくると指の腹でなぞるマッシュの髪をエドガーは強めに掴んだ。痛て、と抗議の声を無視して、胸を弄ぶマッシュの手を払う。
「お前が弄るからだっ……」
 短く吐き捨てたエドガーに対し、呑気な笑い声混じりでマッシュが答えた。
「弄られるの好きな癖に」
「煩いぞ」
 もう一度髪を引っ張って、その硬質な手触りを改めて確かめるように、エドガーはマッシュの頭をやや乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。
「……子供の頃は何もかも同じだったんだがなあ」
 口の中から僅かに漏れる程度の呟きに、マッシュが顔を上げて身体をずらし、エドガーに顔を並べる。向かい合った顔をおもむろに両手で挟んだエドガーは、親指の先でマッシュの瞼や鼻筋、唇に触れた。
「不思議なものだな。こうして見ると目も鼻も唇も俺と同じなのに、髪質や肌の色はこんなに変わってしまった。この髭面も」
 そこまで言って、エドガーは今度は片手でマッシュの顎をざりざりと撫でる。マッシュがむず痒そうに肩を竦めた。
「これだけでこうまで印象が変わるとは。兄弟だと分かっても、双子だと思われることはほとんど無くなってしまったな」
「……変わった俺は嫌?」
「馬鹿」
 返事の代わりにそのままマッシュの唇に小さく口付けたエドガーは、造形を弄ることに飽きたのか、自らの顔をマッシュの首筋に埋めた。
 その背をごく自然にマッシュが抱き寄せ、愛おしそうに髪に鼻先を擦り当てて、滑らかな肌を優しく撫でる。
「俺も変わったけど、兄貴だって変わったんだ。子供の頃と全く同じじゃない……、でも、どんどん好きになる。昨日よりも今日の兄貴の方が好きだし、明日の兄貴はもっと好きだよ」
 マッシュの耳元でエドガーが小さく笑った。
「なら、歳を取るのも悪くないな」
「そうだよ」
 エドガーの髪に埋めた鼻で額からこめかみを辿り、耳元で「ずっと一緒に歳を取ろう」と吐息混じりに囁いて、頬を擦って顎を上げるよう促したエドガーの唇へ、マッシュが摘むような口付けを落とした。
 微かに皮膚が触れ合う至近距離で見つめ合い、ほとんど同じタイミングで細めた目の目尻を下げて、瞼を下ろしてからもう一度長いキスを交わす。
 唇を合わせながら、マッシュはエドガーの背中を覆う滑らかな髪に指を差し入れた。エドガーはマッシュの逞しく盛り上がった背を撫でた。
 互いには無い部分に触れながら、身体の中枢で小さくなっていた炎が再び燃え上がるのを抑えることなく、口付けは深く濃くなっていく。
 酸素を求めて一度離れた唇から引いた糸が切れた時、エドガーはふと顔をずらして枕元の時計を見上げた。短針は辛うじて十二の数字の手前にある。
「ハッピーバースデイ、マッシュ」
「兄貴も。ハッピーバースデイ」
 産まれた日に生まれたままの姿で。
 一番近しい存在に身も心も委ねて、二人だけで祝う大切な日。
 さあ、もう一度ひとつになろうか。今度は産まれる前へ時を戻し、夜明けの紺瑠璃と緋色がどろどろに混じり合った空のように、そのまま眠りに落ちるまで。

(2018.08.16)