萌えシチュエーション15題より
「12.相手のことを思いながら○○」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/)


 ほんのり空が白んでくる朝ぼらけ、隣にある温もりを名残惜しく見つめてからベッドを抜け出して、早朝訓練で汗を流したらシャワーで身体を清めてキッチンへ。
 限りある食材であれこれ朝食のメニューを考えながら、鼻歌など歌ってリズミカルに包丁を動かす。
 バゲットはサンドイッチにしようか、それともフレンチトーストがいいだろうか。迷った時に頭に浮かべる、未だベッドの中で心地良さげに寝息を立てているだろう兄の顔。
 ああ、兄なら今朝はきっとバターたっぷりのフレンチトーストを所望する──よしよしと一人で何度か頷いて、コックはにこやかに卵を割り始める。

 コーリンゲンの北東に位置するフィガロ王家の別荘にて、短い余暇を楽しむべくエドガーとマッシュが訪れたのは昨日の午後。
 二人の他には供も連れていないため、王たる兄の身の回りの世話をするのはマッシュの役目だった。
 とはいえエドガーはフォークの上げ下げまでもを他人に任せるような尊大な国王様ではないので、この場合の世話とは専ら食事の支度を指す。
 十年城を離れている間に一通りの家事を身につけたマッシュは、城お抱えの料理長ほどとは言わずとも、エドガーが食事の時間を待ち侘びる程度には料理の腕前があった。
 スープを掻き混ぜ、季節のフルーツを刻みながら、エドガーの喜ぶ顔を思い浮かべる。鼻歌を歌い続けるマッシュの目尻は下がり、自然と頬も緩んでいた。
 師匠の家で生活をしていた時の家事は、単に生きる手段だった。
 居候としての代価。または山籠りをした時の大切な栄養補給。
 誰かの笑顔を想像しながら何を作ろうかと考える、それがこうもマッシュの胸を温めてくれるものだと知ったのは、再びエドガーに出逢ってから。
(朝のスープはあっさりめの味付けだから、夜はポタージュにしよう。兄貴の好きなジャガイモのやつ)
 ただの作業として機械的にこなしていた料理が、エドガーのためだと思うとこんなにも楽しい。
(昼前に山菜でも探してくるか。兄貴はしばらく機械いじりするだろうし、小腹すいた時用にマフィンでも焼いておくかな……)
 愛を込めて仕上げたメニューを前にした時の、エドガーの微かに広がった目と嬉しそうに上がる口角がとても好きだ。
 城での普段の食事ではそれほど食べ物に執着する素振りを見せないエドガーが、一口ずつマッシュの手料理を味わいながらうっとりと喉を上下させる──その様を想像するだけで愛しさが胸に溢れてくる。もっと美味しいものを作って食べさせてあげたくなってしまう。
 品良く手にしたスプーンでひと掬いしたスープを、しっとり濡れた唇の隙間に吸い込ませる。涼やかな所作に見せかけて最後の一滴まで貪欲に飲み干す、あの色気のある口元をいつまででも眺めていたい。
 唇をひと舐めする舌の動きの艶かしさ。そういえば昨夜も、淡いランプの灯りの下であの舌の赤を見た。
 寛げた下半身に顔を寄せ、上目遣いにこちらを見上げたエドガーがそっと垂らした舌の色を思い出していたマッシュは、ぼんやり掻き混ぜていたスープがすでに煮立っていることにハッとして慌てて鍋を火から下ろす。
 料理中にあの扇情的な表情を思い出すのはまずい。意識を全て持っていかれてしまう──マッシュは首をブンブンと左右に振って煩悩を追い出さんと努めるが、脳裏に浮かぶのは昨夜の官能的なエドガーの眼差しとしなやかな筋肉を纏う肢体。
 二人の他に誰もいない開放感からいつもより濃い夜を過ごした余韻が、一夜明けた今になって身体の中枢を刺激する。
(ああクソ、朝からやっちまった)
 我ながらなんて元気なんだ、とマッシュは呆れて腹の下を見下ろした。傍目にもはっきり分かるほど盛り上がってしまったその部分を苦々しく睨みつけ、眉間を狭めて溜息をつく。
 朝日の眩しい爽やかな時間に似つかわしくないものを鎮めんと、マッシュは必死で煩悩を散らし始めた。
 艶っぽいものとは程遠いものを想像し、そう、例えば師匠の怒った顔だとか、酔っ払って大声で歌うカイエンだとか、気持ちが萎えるようなことをあれこれ頭に浮かべてみるものの、何しろマッシュにとってはエドガーの存在が大き過ぎる。
 あらゆる想像を押し退けて夜の微笑みを見せる兄でいっぱいになり、萎えるどころか硬度を増した下半身を恨めしく見下ろしたマッシュは、人がいるはずのないキッチンにて周囲を注意深く見渡して、そろそろと腹の下に手を伸ばした。
 ここまで大きくなってしまったのなら、抜いてしまう方が手っ取り早い。食事の支度も終盤であり、手はきちんと洗うからと誰にともなく断りを入れて、すっかり臨戦態勢のものをやんわり掴む。
 あの白い肌に触れてからまだ数時間。ベッドの上で乱れる長い金髪を思い出すだけで、爽やかな朝の太陽が翳るほどに心が昂り身体に熱が灯る。
 仰け反る顎から首にかけてのライン、引き締まった腹の中央で窪んだ臍に出来た汗溜まり、悩ましげに歪んだ眉の角度、昨夜の記憶の名残が手の動きに同調して一気にマッシュを追い詰めて行く。
 誰もいない二人だけの場所で、普段は押し殺す声を堪えずに鳴いたエドガーの、唇の端から零れた唾液を思い起こして、マッシュは切なく息を吐いた。
 短く浅い呼吸が一度止まり、噛み締めた奥歯が緩むまで腰を屈めて硬直していたマッシュは、やがて下衣に差し入れていた手をそっと引き抜き、ベタつく手のひらを広げて眺める。
(……ちょっと下着汚した……)
 快楽を吐き出した後は、朝っぱらから何をやっているのかと冷えた頭で自分に呆れて、マッシュは溜息をつきつつ棚の上の小さな時計を振り返った。
 まだエドガーが起きる時間ではない──早々に着替えようと汚れた手を手早く洗い、朝食の最後の仕上げを残したキッチンを出た時。
 寝起きだとよく分かる乱れた髪で、昨夜寝室で脱ぎ捨てたバスローブを引っ掛けただけのエドガーとばったり鉢合わせた。
 予想していなかった登場にマッシュは声を失い驚きで目を見開いたが、それはエドガーも同じだったようだ。
 マッシュとよく似た顔で瞬きを繰り返したエドガーは、微かに頬を赤らめてはだけ気味だったバスローブの前を合わせた。
「お、おはよう」
 起きたばかりの掠れた声での挨拶に、マッシュもぎこちなくおはようと返す。エドガーは目線を泳がせて、本人も乱れていることを自覚しているのだろう、手櫛で髪を梳き始めた。
「まだ、寝てると、思った」
 湿った下半身を気にしながら、まさかシミでも浮き出ていないだろうなとチラチラ視線を下方に彷徨わせるマッシュが辿々しく口にすると、エドガーもまたバツが悪そうに唇を軽く尖らせて答える。
「寝汗を、かいてな。シャワーを、浴びようかと……」
「そ、っか。分かった、その間に、朝飯並べとくから」
「あ、あ。頼む」
 取って付けたような笑顔でそそくさと立ち去る兄の動作に疑問を持たない訳ではないが、それよりも自分の汚れた下半身に気づかれなかったことに安堵した──マッシュも先ほどのエドガーによく似た動きで素早く着替えを取りに向かい、清潔な下着を身につけてホッと胸を撫で下ろした。
 さあ、兄がバスルームを出る前に、兄を想って愛を込めた朝食をテーブルに並べておかなくては。
 身も心もスッキリと、いつの間にか復活した鼻歌と共に、マッシュは再びキッチンを目指した。


 一方バスルームにて、熱い湯を浴びながらエドガーが同じく安堵の息をついていた。
(不審には思われただろうが……バレてはいないよな)
 寝惚け眼を擦りながら、ぽっかり空いたベッドの隣、マッシュの残り香に欲情してしまっただなんて──まだ敏感なままの双丘の奥を洗い流しながら、朝から何を興奮しているんだと自己嫌悪して、エドガーは欲に塗れた自分の身体を清めていく。
 昨夜散々睦み合ったと言うのに、更に自分で慰めたなんてことをマッシュに知られるのは流石に恥ずかしい。とは言え自身の指では物足りない、と切なげに細く息を吐いたエドガーは、同時に小さな音を立てた腹を撫でて肩を竦める。
 欲しがりな身体はまた夜にマッシュに委ねるとして、まずは空腹を満たそうか。
 今朝のメニューは何だろう。思いの外朝から体力を使ってしまったので、バターたっぷりの甘いフレンチトーストがあると良いのだが──溜息を鼻歌に変えて、エドガーは優雅にシャワーを止めて軽い足取りでバスルームを出て行った。

(2018.09.18)