喰むように繰り返された口付けが、合間に荒い呼気を吐き出したエドガーの手で制された。 もう息が続かないとでも訴えるように、マッシュを止めたその手で素肌を晒した胸を押さえたエドガーは、呼吸を整えるために何度か肩を大きく上下させる。そのリズムが一瞬乱れたと思った瞬間、エドガーが小さなくしゃみをした。 マッシュは軽く笑って、エドガーの背中を覆うように腕を伸ばして身体を胸に抱き寄せる。 「汗、冷えちまったか」 「声が大きい。ロックに気づかれるぞ」 日付が変わったばかりの時刻、更に二人だけの空間とはいえテントという頼りない壁を考慮しないマッシュの声量に、エドガーが小声で釘をさす。 マッシュは悪びれず肩を竦めたが、次いで発した声は兄の指摘に応えて控えめだった。 「泥棒なんだって? なら確かに耳は良さそうだ」 「それをあいつに言ったらお決まりの文句が返ってくるな」 「トレジャーハンターと言ってくれ、だっけ」 「同じようなものだと思うがね」 揶揄うようにそう言ってエドガーが親しげな笑みを見せたのに対し、マッシュは軽く下唇を尖らせた拗ね顔でエドガーから腕を離し、頭の下で腕を組んでごろりと隣に寝転がった。 素早く弟の変化を察したエドガーは、汗でしっとりと湿った厚い胸に頭を乗せ、頬を擦り付けるようにマッシュを見上げる。 「何不貞腐れてるんだ」 「別に」 「嘘が下手くそなのは十年前と変わらんな。成長したのは身体だけか」 人差し指の先でマッシュの胸を突きながら呆れたように口にしたエドガーを、マッシュがむすっと目を据わらせて睨む。 「随分気を許してるなって、思っただけだ」 「ん? 俺が? ……ロックに?」 「俺のいない間に信頼できる仲間ができたんじゃん。良かったじゃねえか」 言葉に似つかわしくない仏頂面でそっぽを向いたマッシュを見て、彼の不機嫌の理由を理解したエドガーは苦笑いに目を細めた。 弾力のある胸に沈めていた指を絵でも描くように肌の上で滑らせながら、暖かい胸の上で頬を潰す。 「そりゃあ、十年も経てば環境も変わるさ。人脈もあの頃のままでは困るだろう」 「人脈ねえ。……サウスフィガロでたまに噂聞いたぞ、フィガロ国王は大の女好きだって。城に何人も愛人囲ってるってホントかよ」 「まさか。最近はレディたちも声をかけられることに慣れてしまってな、愛想笑いすらしてくれない」 残念そうな溜息混じりにそう答えたエドガーに眉を持ち上げたマッシュは、少し考える素振りを見せてからにやっと笑い、がばっと上半身を起こす。 枕が起き上がったことに驚いたエドガーは、目を丸くしたままの顔でマッシュに両の二の腕を掴まれ、ずいっと眼前に近づけられたマッシュの顔を忙しない瞬きの合間に見つめた。 「試しに俺のこと口説いてみてよ」 「何?」 「レディたち≠ノするみたいにさ。どんな風に口説くのか、やってみせてよ」 ぽかんと開いた唇が何かを返そうと一瞬動きかけたが、そのまま言葉が紡がれることはなくエドガーは口を噤む。そして眉間に微かな皺を寄せ、バツが悪そうにマッシュから目線を逸らした。 「……、お前には、礼儀は必要ない」 薄っすら赤く染まった頬を確認したマッシュは、満足げに口角を上げてその頬に音を立てて口付ける。 「十年、そっち≠ヘ手付かずだったみたいだから、まあいいか」 「さあ、どうかな」 「さっき抱いて分かった」 言い返せなかったエドガーが苦々しく下唇を噛んだ。反して満面の笑みを浮かべたマッシュは、一度ぎゅっと強めにエドガーの身体を抱き締めて、そのまま仰向けに倒す。 「おい」 「もう少し」 「明日は早朝から山越えだぞ」 「歩けなかったら負ぶってやるよ」 ムッと顔を顰めたエドガーだったが、止める気配のないマッシュが首筋に顔を埋めて来たことに戸惑いを見せる。 「マッシュ」 「ん」 「……その、……声を抑えるのが辛い」 言いにくそうにぽつりと零したエドガーの言葉で一瞬動きを止めたマッシュは、エドガーには見えない位置で小さく北叟笑んで耳に唇を寄せた。 「俺の肩、噛んでて」 「マッ……」 「あと一回で我慢する」 エドガーが反論する前に自らの唇で口を封じたマッシュは、初めこそ眉間に皺を作っていたエドガーがその口付けに応え、マッシュの首に腕を回してきたことで安堵に微笑む。 十年分には全然足りないけど、と小声で前置きしたマッシュは、山の冷えた外気から遮断された場所で咽せ返るほどの熱を散らすためにエドガーの身体を掻き抱いた。 |