「仮装コンテストだあ?」 眉間に深く刻んだ皺を隠そうともせず、呆れ口調のセッツァーの前で、ずらり並んだ仲間たちを背後に立つエドガーは対照的な笑顔を浮かべて頷いてみせた。 「先ほど立ち寄った街で仮装した子供達に菓子をせがまれてね。そういえば今日はハロウィンだったと気づいた訳だ」 「折角だから俺たちも仮装してパーティーしようぜってことになってよ! この後それぞれ仮装グッズ調達することにしたんだ」 エドガーとロックの説明に納得するどころか、セッツァーの表情はますます渋くなっていく。 「それで、どうせなら誰の仮装が一番かコンテストしようってことになったの!」 「ガウ、おばけやる! おばけ!」 リルムとガウが飛び跳ねる頃にはセッツァーはこめかみに指先を当て、沈痛な面持ちで深く長い溜息を漏らしていた。 「……どうぞご勝手に」 「セッツァーもエントリーされてるからな!」 悪びれずに告げたマッシュをセッツァーが睨みつける前に、エドガーが肩を竦めながらギャンブラーの怒りの表情を横目にハッと鼻で笑ってみせた。 「羨ましいよ。君はわざわざ仮装する必要がないものな」 「どういう意味だ、てめえ」 「さあみんな準備を始めよう。優勝者にはこれから一週間、夕食のデザートが二個当たるぞ〜」 エドガーが高らかに手を叩き、それを合図に仲間たちは散り散りになった。 飛空艇の談話室に取り残されたセッツァーは、くだらねえ、と小さく吐き捨てて懐から煙草を取り出し、我関せずとばかりにどっかりソファに腰掛けた。 「お前、何に化ける気だ」 飛空艇を出てから街の方向ではなく、森へ向かおうとするマッシュの腕を後ろから軽く掴んだエドガーへ、振り返ったマッシュは悪戯っぽい笑みを見せる。 「さあ、なんだろ」 しれっと答えたマッシュのにんまりとした口元を細めた目で見据えたエドガーは、マッシュから手を離して腕を組む。 「兄に隠し事とはいい度胸だな。……まあいいさ、どうせ俺が勝つからな」 「言ったな。悪いけど、多分俺が勝つよ」 「ほう、自信があるようだな。よーし、じゃあ勝った方の言うことを何でも聞くってのはどうだ? 何でも、ひとつだけ」 最後の一言だけ、マッシュの耳元に唇を寄せて囁いたエドガーの掠れ声にぶるっと肩を竦めたマッシュは、薄っすら頬を赤らめながら黙って親指を立ててみせた。 三時間後。 仮装を終えて飛空艇の談話室に集まってきた仲間たちは、思い思いの格好を披露し合っていた。 身体中に包帯を巻いたミイラ男のロックは、ソファに座ってうたた寝をしていたセッツァーを揺り起こす。 「ようセッツァー、アンデッドの仮装か、やるな!」 「てめぇは悪気なく喧嘩を売る奴だな……」 寝起きも相まって不機嫌丸出しに身を起こしたセッツァーは、普段と違う仲間たちの扮装をやれやれと見渡した。 背中に白い羽をつけた天使のティナと、その横で談笑している魔女のセリスは全身黒で箒を手にしている。 白い毛布を頭から被って走り回っているのはガウだろう。モンスターの着ぐるみに顔まですっぽり隠れているのはストラゴス。 居心地悪そうに肩を竦めたセッツァーの背中を、髪を解いて落武者に扮したカイエンが軽く叩いた。 「セッツァー殿はアンデッドでござるか。なかなかお見事でござる」 「お前ら示し合わせてるんじゃねえだろうな……?」 にこやかな笑顔のカイエンを前にセッツァーのこめかみに青筋が浮かんだ時、黒いマントを靡かせた男が談話室に到着した。 「やあ、もう皆揃ったかな?」 長いマントの大きな襟を立て、品のあるジャボの襞を揺らして微笑むエドガーの唇から、二本の牙が顔を覗かせている。 「エドガー、ヴァンパイア? 素敵ね」 「おっと、私もそれなりに自信があったんだが、こんなに麗しい天使がいるとは予想していなかったよ。君になら天国に連れて行かれても構わないとさえ思ってしまう」 ティナの手を取って恭しくお辞儀をしたエドガーを、ティナは頭に?マークを飛ばしながらされるがままにこにこと眺めていた。 そのエドガーの手を、誰かが横からひょいっと取り上げた。驚いて振り返ったエドガーとティナの目に、頭に獣の耳をつけたマッシュが映る。 「マッシュ、可愛い! 狼男ね!」 目を輝かせるティナの隣で、セリスが顎に指を添えながら目を丸くした。 「その毛色……ブラッドファング?」 「当たり〜。今一匹倒して皮剥いできた」 ブラッドファングの毛皮をベストにして着込んだマッシュが、軽く腰を捻って尻につけた尾を見せる。 その様子を伏せ気味の瞼で見つめていたエドガーは、握られたままだったマッシュの手を軽く振り解いて腕を組み、弟の頭から爪先までをじっとりと見定めた。 「ふうん、まあまあじゃないか。……まあ、俺の勝ちだよな」 「兄貴も似合ってるよ。……俺の勝ちだけどな」 二人は揃って後半を小声で呟き、お互い一歩も引かずに何処か強張った笑顔で睨み合いをしていると、 「邪魔だよ、どいて!」 高らかな声が二人の間に割って入った。 同時に声の方向へ顔を向けたエドガーとマッシュは、その視線の先を見た瞬間に目を見開き抱き合って悲鳴を上げた。 「ひっ……!」 「う、うわっ、うわっ!」 そこに立っていたのは、皮膚が爛れ片方の目が今にも零れ落ちそうに飛び出して、削げた頬から肉と骨が覗くおどろおどろしい死者──のマスクをひょいっと外したリルムだった。 「そ、それ……、作り物、かい……?」 「ほ、ホンモノかと思った……! リルムが描いたのか?」 「当ったり前でしょ? あたしを誰だと思ってんの?」 呆気にとられる二人に向かってリルムはニヤリと不敵に笑い、マスクを手に仁王立ちして言い放つ。 「あんたたちの仮装、しょっぼい」 言葉を詰まらせたエドガーとマッシュは、バツが悪そうな表情を見合わせた。 マスクを被ったリルムが逃げ惑う白いシーツのお化けを追いかけ回しに行った後、二人はボソボソと周りの仲間に聞こえない声量で囁き合う。 「……お前、何させるつもりだった?」 「え、えっと、たまに上に乗ってもらおうかなって……」 「……俺は目隠しだ。仕方ない、引き分けで両方やることにするか」 「えっ、兄貴目隠しして乗ってくれるの?」 「馬鹿、目隠しはお前だ」 コンテストの結果、リルムの特殊メイクを施したマスクが一位を獲得したが、何もしていないセッツァーがアンデッドの仮装で二位に選ばれた。 |