後で作業を手伝ってくれと頼まれた言葉の通り、トレーニングをキリの良いところで終えて兄エドガーの待つ作業場を訪れたマッシュは、入り口から兄の姿が見えないことに首を傾げた。 「あにきー?」 自分ならば勝手に入っても怒られることはないだろうと、本来他者の立ち入り厳禁の作業場に足を踏み入れた時、 「ここだ、ここ」 聞き慣れた兄の声だけが何処からか響いて来た。 見渡した視界のど真ん中、マッシュよりも一回り以上大きな乗り物のような機械が鎮座している。 声はそこから聞こえていると気づいたマッシュが近づくと、機械の横腹部分に開いた穴から兄の四つん這いの下半身だけが飛び出していてギョッとした。 「マッシュか? すまん、そこにあるレンチを取ってくれ」 やはり兄だ。外枠を組み上げた機械の中に上半身をすっぽりと突っ込んで、その隙間から右腕がひょいと外に出て来た。 マッシュが目線を下ろしたその先、兄愛用の工具入れに刺さっているレンチを取り、差し出された手の上にそっと載せると、兄は確かにレンチを握って機械の中に回収した。 カチカチとボルトか何かを締める音の合間に、顔が見えないままの兄が説明をしてくれた。 「砂嵐に強い移動用の乗り物を開発していてな。ガワはともかく、内部を弄るためのスペースを少々狭く作り過ぎた。工具の出し入れが難儀なんだ、すまんな、少しの間そこにいてくれないか」 「いいけど……、」 見えているのは兄の腰から下の部分のみ。 曲げた両膝を床に突いて、恐らくは腕の動きに合わせて軽く揺れる臀部を思わず凝視して、マッシュはぶんぶんと首を左右に振った。 「次、ドライバーくれ」 「う、うん」 差し出されたレンチを受け取り、代わりにドライバーを渡す。受け取る瞬間、キュッと腰を捻った兄の尻の先がツンと上がった。マッシュの喉がゴクリと音を立てて大きく動く。 「試作機とは言えこのサイズは実用的ではないな……メンテナンスを考えるともう少しどうにかした方がいいな……」 マッシュに話しかけているのか独り言なのか判断が難しい呟きに、見えてないと知りつつマッシュは曖昧に頷いた。しかし目は揺れる兄の尻から離せないでいる。 衣服の布越しでも、兄の引き締まった尻の形の良さがよく分かる。 布に隠れていない尻も見ているマッシュには周知の事実とはいえ、普段腰布で隠されている下半身がこうも無防備に突き出されてフリフリと揺れていると、良からぬことを考えるなと言う方が酷ではないかとマッシュは眉間に皺を寄せた。 「こんなに狭く作るんじゃなかったな……、マッシュ、ペンチ取ってくれ」 「は、はい」 何故か堅苦しい返事をしたマッシュは、兄からドライバーを受け取ってペンチを握らせた。目は相変わらず尻に釘付けである。 「くっ、手が届くか……、ギリギリだな……」 くいっと尻が前に突き出され、兄の声がよりくぐもって聞こえるようになった。その動きは、夜にベッドの上でキュウッと奥を締める時の動作と同じだと気づいてしまったマッシュは、煩悩を追い払うために軽く頭を叩く。 兄は今真面目に作業しているだけなのだから、邪な目で見てはいけない──そう胸に言い聞かせていた時、不意に機械の中から兄の不穏な声が漏れ始めた。 「くっ……、んんっ、しまった、ハマった……」 「え?」 「肩が入り込んだな……。うっ、ふんっ、抜け、ない……っ」 「だ、大丈夫か、あに、き……」 上半身を抜こうと踏ん張る下半身が、これまで以上にゆらゆらゆさゆさと前後左右に揺れている。 まるで誘っているような尻の動きに目を剥いたマッシュは、耳から首から真っ赤になって口を半開きにしたまま硬直した。 「マッシュ、ちょっと腰引っ張ってくれないか……!」 「えっ、こ、腰を?」 「そうだ、頼む、抜いてくれ」 「抜く!?」 思わず大声で聞き返したマッシュだが、即座にそういう意味ではないと納得して慌てて尻、もとい兄の下半身に駆け寄った。 上向きの実に見栄えの良い尻の前に立ち、おずおずと両手で腰に触れる。無駄な肉が一切ない、太過ぎず細過ぎずの美しい尻をこの角度で見下ろすのは、夜以外では初めてだった。 「ぐいっと引っ張ってくれ。多少乱暴でも構わんから」 「ら、乱暴でも……」 急かすように軽く揺れる尻の動きが卑猥な誘いにしか見えず、歯を食い縛ったマッシュは一度きつく目を瞑った。 そういう目で見るからいけないのだ。機械に挟まった兄を助ける行為に何のやましさもない、そう、これはただの救出作業なのだ── よし、もう大丈夫とマッシュは目を見開く。 そこにあるのは艶かしい魅惑的な尻だった。 「だ、ダメだ……!」 「何がダメなんだ? 早く抜いてくれって言ってるだろ!」 兄の怒り口調にも上の空で、腰というよりほとんど尻を掴んだマッシュはその指先に力を込める。 大体こんな風に無防備に尻を出している兄にも責任があるのではないか。このポーズは夜のそれとほとんど同じではないか。ひょっとしてわざとやってるんじゃないのか。 「マッシュ、おい、なんか掴むところおかしくないか……、アッ、ちょっと、こら、揉むな」 しかもこれはただの尻ではない、愛して止まない人の尻だ。世界で一番愛しい尻なのだ。 この尻の素肌がどれだけ白く滑らかで触り心地が良いか、この世でただ一人知るのはこの自分だ。触りたくなるのは仕方のないことではないか。 「おいっ、マッシュ! お前何してっ……、あっ、待て、お前、何か当たってるぞ……!」 そしてこの尻は表面を触るだけではない、その双丘の奥にある恥じらう蕾を開いてこそ真の魅力がある。 この邪魔な布は取っちゃってもいいんじゃないだろうか。このままでは尻が真価を発揮できない。今すぐ解放してやるべきだ。そうだ、そうしよう。 「マッ……、待て待て待て、何脱がそうとしてる! 違う! そうじゃない、マッシュ、待てーッ!!」 マッシュの手が力づくで兄の尻を晒そうとした瞬間、挟まって身動きが取れなかったはずの兄が、バキバキと何かが割れる破砕音を立てながら物凄い勢いで機械の中から飛び出してきた。 予想外の行動に不意をつかれたマッシュは、穴から抜けた反動で後方に吹っ飛んできた兄を押し返せず、尻をついたその上に半ケツ状態の兄を受け止める。 マッシュが後ろから抱っこする格好で重なって座った兄の尻に硬くなったものが直撃し、ぴょこんと飛び上がった兄は鬼の形相で振り向いた。 「お前は……、何をしていた……!」 久方ぶりに拝めた尻以外の兄の怒りの表情に怯えながら、マッシュは涙目で兄を見上げる。 「だって、そこに尻があったから……!」 兄は無言で拳骨を繰り出してきた。 |