持参していた僅かな私物を一纏めに整理したマッシュは、先週から滞在していた部屋の中央に立ち、誰に向けてでもなくぺこりと頭を下げた。 世話になった礼を済ませた後は荷物を背負って、最終日だからと普段より堅苦しい服に身を包んだマッシュは、ややきつめの首元に指を入れながら部屋を出る。 廊下で待っていた従者と二言三言会話を交わし、マッシュはそのままふらりと何処かへ出かける。船が出航するまでの多少の時間で、故国を治める王へのささやかな手土産でも物色しようと意気込んで。 忙しい兄王の代理として、マッシュが復興途中の諸国に足を運ぶようになって早数年。今ではすっかり国王の名代も慣れたもので、使者としてのややこしい口上も噛まずに言えるようになった。 今回の任務も完遂したことであるし、数週間ぶりに兄に逢うのが待ち遠しい──フィガロ城で待つエドガーの笑顔を思い浮かべて、マッシュは港そばの市場まで足取り軽く向かうのだった。 世界崩壊直後は随分と人が減ったと聞くこの街も、今では威勢の良い商売人の掛け声が飛び交い、活気溢れる市場として復興を遂げていた。 マッシュは磯の香りに鼻先を泳がせ、見渡した先にあった雑貨屋に目を留める。 仰々しい高価な品より、心を込めて選んださり気ないものの方が兄が喜ぶことをよく知っているマッシュは、素朴な佇まいのその店に足を向けた。 竹細工の小物入れを手に取り、天井から吊るされた絹織物のストールを見上げる。なかなか悪くない趣味だと唇に微笑みを乗せ、ふと首を回した先にあったアクセサリーに目を留めた。 翡翠色の石が入った髪留めを見つけて拾い上げる。裏表をひっくり返して簡単に構造を確認し、海の向こうに想いを馳せて彼の人がこれをつけている姿をイメージしたマッシュは、満足げに髪留めを握り締めた。 これひとつというのも味気ないだろうかと、傍に並んだ指輪やピアスも物色していると、女店主がにこやかに話しかけて来た。 「贈り物ですか?」 長い首にこれ見よがしに飾りを三重につけて、赤い口紅が目立つ大きな口をにっこり曲げた店主の距離の近さに多少戸惑いながらも、マッシュは照れ臭そうに頷いてみせた。 「まあ、うん」 愛しい人を思い浮かべて返事をしたせいか、薄っすら頬が朱に染まる。目敏い店主が両手を揉み合わせた。 「奥様にかしら?」 「えっ……」 予想外の問いに声を詰まらせたマッシュの態度を気恥ずかしさ故と受け取ったか、店主は早合点して素早く他の品々を紹介し始める。 「髪が長くていらっしゃるの? 御髪は何色かしら」 「あ、いや、えっと……、髪は、長いけど……、綺麗な金髪で」 「まあ、じゃあその髪留めの緑が映えますわね。奥様お喜びになりますよ」 「いやあ……その……」 妻ではないと言い出そうかと思ったが、兄だと伝えるとややこしくなるかもしれない。 しかしこのまま誤解され続けるとおかしな事にならないだろうか、とマッシュが言葉に迷っているうちに、店主は話をどんどん進めて行く。 「そちらの髪留めとこちらの指輪、ペアになってるんですよ。ホラ同じ石で」 「あ、ホントだ……」 「奥様のお年はお幾つくらいかしら? 落ち着いたお色ですからお子様がいらしても華美になり過ぎなくて素敵ですよ」 「い、いや、子供なんて、」 「あら、お子様がまだでしたらこちらのネックレスもお勧めしますよ。小さいけど希少な石で、この地域でしか採れないんです」 否定するタイミングを失ったまま、ぽんぽん商品を並べ出す店主に圧倒されつつも、マッシュは新たに出された土産物候補に頭を悩ませる方へ重きを置くことにした。 「この地域でしか採れない?」 「ええ、あの裁きの光でね、採掘場がいくつか潰されてしまってね……昔ほどの量は難しいけど、今でも少しだけ採れるんです。その中の小さなものを加工してるのでお安くさせてもらってますよ」 「へえ……これも綺麗だな」 「このピアスも同じ石が留め金のところに」 「ふうん……そっちもいいなあ……」 「この絹織物のストールはこの街の伝統工芸品で、天然染料で染めた絹糸を手織りして作られたものですよ。軽くて暖かいんです、ほら手触りもいいでしょう」 「あ、確かに……」 「ひとつひとつ手作業なのでこちらは少しお値段張りますけど、とても質の良いものなので贈り物に喜ばれますよ」 「うーん……、迷うなあ……」 「こんなに真剣にプレゼントを選んでくださるなんて、素敵な旦那様で奥様はお幸せね」 誰にプレゼントするかの大前提を訂正することを忘れて、腕を組んで悩むマッシュの横で店主が期待の眼差しを輝かせていた。 「それで、この大荷物か」 笑い過ぎて目尻に涙さえ浮かべたエドガーが、大量の土産物に囲まれて肩を震わせている。 マッシュは恥ずかしさを誤魔化した仏頂面で、下唇を尖らせながら「だって」と言い訳した。 「どれも良さそうで、選べなかったんだよ」 「馬鹿だなお前、そこそこ身なりの良い男が来たからいいカモだと思われたんだ。何も勧められたもの全部買わなくてもいいだろう」 「全部、似合いそうだったんだ」 目線を彷徨わせ、赤い顔でボソリと呟いたマッシュを見て、エドガーは二、三度瞬きをしてから嬉しそうにやんわりと微笑む。 そして贈り物の中からひとまず髪留めを手に取り、今髪を留めているものを外して付け替えた。 「どうだ?」 軽く後ろを向いて髪留めを見せるエドガーへ、マッシュが赤い頬のまま目尻を下げる。 「やっぱり、似合う」 エドガーは品良く目を細め、ふふっと悪戯っぽく笑ってウィンクを返した。 「どうもありがとう、あ・な・た☆」 「えっ……!」 マッシュは耳まで真っ赤になって絶句するも、その表情は満更でもない様子で締まりなく緩んでいる。 そんなマッシュを見て、エドガーはまた腹が痛くなるほど笑い転げるのだった。 |