クリスマスによせて


「それではおやすみ、ばあや」
「おやすみ! メリークリスマス!」
 戸口で同じ顔でありながら質の違う笑みを並べる二人を見上げ、神官長フランセスカは優しく眼差しを和らげた。
「おやすみなさい、エドガー、マッシュ。良いクリスマスを」
 真新しいニットのストールを肩にかけたフランセスカに手を振り、部屋着に近い軽装の兄弟は心成しか足音を忍ばせて乳母の部屋から離れて行く。
「すっかり長居をしてしまったな」
 隣を歩くマッシュにしか聞こえない声量で、エドガーが苦笑混じりに呟いた。
「クリスマスプレゼント渡すだけって言ってたのにな」
「まあ仕方ない、ばあやの淹れてくれたお茶はお前のと同じくらい美味いからな。……喜んでもらえて良かった」
 エドガーは最後の一言を独り言のように囁いて、口角を薄っすら持ち上げる。その横顔を隣で見つめていたマッシュは、エドガーよりははっきりと唇に笑みを結び、控えめな足音ながらも歩みを弾ませた。
「そりゃ、俺たち二人で選んだからな」
「最後まで藤色か樺色かで悩み抜いたのはお前だろ」
「ばあやはどっちも似合うんだよ」
 真顔で答えるマッシュに対し、エドガーは器用に声を殺して吹き出した。
 子供達が枕元のプレゼントを待ち侘びて眠る夜更け、城内は静まり返り、二人の控えめな靴音の他に無粋な物音は響いてこない。
 暇を見つけて一緒に出向いたサウスフィガロにて、乳母へのプレゼントを調達したのはつい数日前。
 クリスマスに来訪した双子を迎えたフランセスカは驚きに目を丸くしたが、日頃神官長として職務についている時の厳しい瞳を細めて目尻に皺を作り、温かい紅茶とチョコレートを用意してくれた。それは二人が子供の頃、ティータイムで囲んだ卓上に並んだ内容そのものだった。
「……思えばお前が城に戻ってから、二人揃ってばあやの部屋を訪ねたのはこれが初めてだな」
 エドガーの呟きにマッシュが素早く二度瞬きをする。
「あれ、そうだっけ?」
「ああ、お前はちょくちょく顔を出していたようだが、俺はここしばらくばあやの私室には出向いていなかった」
 マッシュは朝よりも手触りがふんわりした顎の髭を撫でながら、そうかあ、と気の抜けた返事をした。
 前を向いたままのエドガーが、青い瞳に睫毛を被せるように軽く瞼を伏せる。
「ばあやの年相応の顔、久し振りに見たよ」
 マッシュが相槌を打ちかけて、薄く開いたままの唇の動きを止めた。それから何も言わずに口角を上げる。
「親孝行になったかな」
「恐らくね」
 同じタイミングでふふっと笑って、ようやく横目を互いに向けたエドガーとマッシュは笑い合い、それぞれ満足感に溢れる表情で小さくも心躍る靴音を鳴らす。
「さて、俺の部屋で飲み直すか? 取って置きのシャンパンがあるんだ、お前と飲もうと思って──」
「シャンパンもいいんだけどさ、……俺の、プレゼントなんだけど」
 先程までとはガラリと変わった歯切れの悪いマッシュの様子に、エドガーは進行方向に戻していた目線を
訝しげに歪めて再びマッシュへと向けた。
「なんだ、お前にはブーツを新調してやったろう? 全く、ボロボロになるまで履き潰すんだから」
「う、ん、それは有難くもらったけど」
「? 俺はお前にこのピアスをもらったし……お互いプレゼントは交換済みだろう」
「兄貴に似合う青があったから即決だったよ。……じゃなくて、その……」
 マッシュは語尾をごにょごにょと口の中で濁し、おもむろに隣のエドガーの後頭部に手を伸ばした。
 そして長い金髪を結んでいる根元のリボン、片方の輪に人差し指を入れ、軽く指先で引っ掛ける。
「このプレゼントのリボンは、いつ解いていいのかなーって……」
 軽く上唇を尖らせてボソボソと尋ねてくる声の方向へ、思わず首を回したエドガーはふいと顔を背けたマッシュのうなじが赤くなっていることを目視した。
 すぐに青い目をくるりと巡らせて、軽く腕を組んで考えるフリを見せたエドガーは、
「……シャンパン、飲んだらな」
 ごく小さな呟きを返してから歩調を速めていく。
 俄かに速度が上がった兄に置いて行かれまいとその背を追ったマッシュは、贈った青のピアスが揺れるエドガーの耳朶が、まるでピアスの色と対のように鮮やかな赤に染まっているのをしっかりと見た。

 果たしてシャンパンを飲む余裕があるだろうかと、それぞれが同じことを考えながら夜更けの廊下を不自然に急ぐクリスマスの夜。

(2018.12.25)