「今すれ違ったの、なかなかの美女だったな」 石畳の道に靴音を鳴らし、それぞれ片手に買い出しの荷物を抱えて歩く街の中、ふとマッシュの隣を歩いていたエドガーが目線だけを後方に向けてそっと囁いた。 「はいはい」 溜息混じりにあしらうマッシュに対し、その反応が不服だったらしいエドガーが上唇を尖らせる。 「なんだ、妬かないのか」 「いつものことだろ」 肩を竦めて答えたマッシュをひと睨みしたエドガーは、軽く目を据わらせてフーン、と棘のある声を漏らした。 「余裕じゃないか」 「余裕とかそんなんじゃ……」 表情にありありと面倒臭さを漂わせたマッシュが弁解を始める前に、エドガーの目が悪戯っぽく輝いて、顔をマッシュに寄せながら先程よりも小声で囁いた。 「なあ、もし俺が浮気したらどうする」 「はあ?」 何処か楽しげですらあるエドガーをギョッとした顔で見下ろしたマッシュは、即座に言い返そうと口を開きかけた。 が、その半端に開いた口をおもむろに閉じたマッシュは、思いの外真剣な眼差しを前方の地に落として考え込む素振りを見せる。 再び予想していた反応と違ったらしいエドガーが訝しげに眉を寄せた隣で、マッシュは改めて、神妙に口を開いた。 「……兄貴は遊び半分でそういうことはできないってよく分かってるし、もしそんなことが起こるならそれは……浮気じゃなくて本気なんだろう。兄貴が選んだ相手なら、俺は認めるしかない……って言うのは建前で」 思いがけず話が真面目な方向に進んでいることを危惧しながら、どう口を挟んで取り繕おうか焦り始めたエドガーを、マッシュはほんのり頬を染めた不貞腐れた表情で振り返る。 「やっぱり他の奴に兄貴を取られるのは悔しいし、俺が世界で一番兄貴を大切に想ってる自信があるから、誰にも渡したくない。そいつをぶん殴ってでも取り返しに行く……」 ボソリと呟いたマッシュの居心地の悪そうな下がり眉を見たエドガーは、二度瞬きをしてから慌てて顔を逸らした。その直後にマッシュの視界に入ったエドガーの耳がぽっと赤くなる。 「そ、そんなに真面目に考えるな」 「兄貴が聞いて来たんだろ」 「冗談だ。……ある訳がない」 消え入りそうな言葉に気恥ずかしさと申し訳なさが滲み出ていて、マッシュはエドガー側に垂らしていた腕をそっと近づけ、兄の手の甲に自分の甲をそっと擦り当てた。 「……そうだと助かるよ」 エドガーが小指に小指を絡めて来たことに気づいたマッシュは、その小指を逃さないように力を込めて、ようやく顔を綻ばせた。 |