萌えシチュエーション15題より
「14.心臓の音を聞いてる内に、ついつい。」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/)


 珍しく二人揃って飛空艇にて留守番役を命じられたことだし、昼食を経てやや頭の働きが鈍くなってきた午後から探索に出た仲間たちが戻る夕方まで、一緒に茶でも飲んで暇を潰さないか。
 飛空艇の外にも甲板にも居なかったということは、部屋で瞑想しているか愛器の手入れをしているか、どちらにせよ俺の誘いを断るほど重要なことをしている訳ではないだろう。
 ──そんな尊大な誘い文句を頭の中でつらつらと並べ立て、それらを快く受け入れるマッシュの笑顔を思い浮かべながら、エドガーはマッシュその人の部屋の扉をノックした。
 すぐにあると思われた返事は、しかししばらく待っても聞こえてこない。まさか部屋にも居ないのだろうかとそっと扉を開くと、主はその大きな身体をベッドの上に横たえて瞼を閉じていた。
 暇が過ぎて昼寝になってしまったか──室内に入り込んだエドガーは音を立てないように扉を閉め、毛布も掛けずに仰向けになって気持ち良さそうに胸を上下させているマッシュの傍に歩み寄った。
 瞼と同じく閉じられた唇の上で、鼻から静かな寝息が漏れている。呼吸に合わせて規則的に動くマッシュの身体をしばし上から眺めて、エドガーは思わず欠伸を噛み殺した。
(心地好さそうに寝ているな……見ているこちらが眠くなる)
 ここまで近くにいるエドガーの気配に気付かないのだから、熟睡し切っているのだろう。もっともパーソナルスペースに入り込んだのがエドガー以外の人間であれば、例え深い眠りの底からでもマッシュは浮上したかもしれないが。
 暇潰しの当てが外れてつまらなさそうに唇を尖らせたエドガーは、腰を屈めてあどけない寝顔を覗き込んだ。無精髭に覆われた顎を考慮しなければ、随分と幼く見える。
 自然と自分の頬が緩んでいることに気づき、軽く肩を竦めてから、エドガーは悪戯っぽく微笑んだ。
 ベッドの端に控えめに膝を乗せ、なるべく深く沈まないように手をついて重みを分散させながら、エドガーがゆっくりとマッシュの眠るベッドに上がる。そしてごろりと転がっているマッシュの周りを用心深く移動し、添い寝するように隣に並んだ。
 肘を立てて頬杖をつき、警戒心なく眠りこけている幸せな寝顔を至近距離で覗き込む。息を殺した唇は笑みのまま、目尻が更に下がった。
 聴こえてくる規則的な寝息と、連動してゆったり動く胸を愛おしげに眺めたエドガーは、そっと片手を伸ばして厚い胸の上に乗せた。手のひらに鈍く伝わる鼓動のリズムを楽しみながら、頬杖を外して胸に顔を寄せる。
 ゆったりと頭を乗せると、耳にマッシュの鼓動が流れ込んできた。
 穏やかに胸を打つ脈動が、エドガーに無条件の安心を与えてくれる。マッシュが傍で生きている、それだけで心はこんなにも容易く安らぐ。
「愛してるよ」
 小声で呟いた瞬間、耳に届いていた心臓の音がどくんと一際大きくなった。飛び跳ねたような音と感触に驚いたエドガーが頭を上げると、目を閉じたままのマッシュの寝顔がにんまりと口元を緩めていた。
 もしや狸寝入りかと無精髭が散らばる頬を突いてみたが、されるがままのマッシュの寝息は乱れない。もう一度小声で「マッシュ」と呼び掛けてみると、また唇がむず痒そうに弧を描いた。
 しばらく声を殺して観察を続けたが、寝たふりを示すボロは出てこない。エドガーは小さく溜息をつき、ほんの少しはにかんで、再び頭を上下する胸に乗せる。
 先程どきんと乱れた鼓動は、すでに穏やかなノックに変わっていた。エドガーは笑みを浮かべたまま目を閉じる。
 優しくて重い、命のリズム。肌から伝わる心臓の音に聴き入っていると、エドガーはふと自身の身体の微かな揺れがマッシュのそれと全く同じであることに気づいた。
 マッシュの胸の真ん中に耳をずり当てながら、自分の手首に指を添えた。脈打つ速さがぴたりと重なり、全く同じリズムであることに驚いて少しだけ目を開いたが、すぐに瞼を下ろして当然かとでも言うように満足気に笑った。
 同じ血が流れる温かな身体に寄り添って、重なる音に心地よく耳を揺らされているうちに、いつしかエドガーも微睡みに引き込まれていった。





 小刻みに震えた瞼が薄っすらと開いて、カーテンが開きっ放しの窓から照らす光で白いはずの天井が橙色に染まっているのをぼんやりと見つめながら、マッシュは「なんだ、夢か」と口の中で呟いた。
 しばらくそうして寝惚け面で横たわっていたが、ふと何かに気づいたように瞬きし、マッシュは目線を自分の身体に移動させていく。そうして胸の上に金色の髪が蹲っているのを見つけて目を丸くし、ほんのり頬を染めて嬉しそうに目尻を下げた。
 ──道理で幸せな夢を見た訳だ。本物がここにいた。
 やや辛そうに首を伸ばして胸に頬を乗せているエドガーに向き合うように、マッシュは身体をずらして代わりに腕を枕として差し込んだ。そのままもう片方の腕ですやすや規則的な寝息を立てる兄を抱き寄せて、柔らかい髪に鼻先を潜らせる。
「俺も、愛してるよ」
 夢の中で聞いた囁きに甘く密やかに答えを返し、余韻に浸るようにマッシュは軽く瞼を伏せる。
 腕の中で、エドガーがうっとりと微笑んだ。

(2019.3.9)