荒い呼吸に合わせて上下する背中に腕を回し、汗でびしょ濡れになった肌を厭うことなく手のひらで撫で回す。
 そのまましっかりと熱い身体を抱き締めると、エドガーに覆い被さる格好でシーツに肘をついていたマッシュもまたエドガーを抱き返し、耳元で深く長い息をついた。
 ベッドの上で仰向けのままマッシュを受け止めるエドガーの額には、汗で乱れた前髪が張り付いている。ゆるゆると身体を起こしたマッシュは人差し指で優しくエドガーの前髪を分けて、唇を摘むように口付けた。
 マッシュからのキスに応えたエドガーは、離れていく唇をぼんやりとした眼差しで名残惜しそうに追う。それでも一度ゆっくりと瞬きをすると、再び開いた瞳の細さには明らかな眠気が感じられた。
 マッシュの太い腕がエドガーを抱き締める。引かれるがままに身を預けたエドガーは、まだ汗に濡れた胸に顔を埋めて完全に瞼を下ろそうとしていた。
「……なあ」
 頭の上から響いてきた低い呼びかけに、微かに顎を上げることでエドガーは返事の代わりにした。思考は半分近く停止しており、温まった身体は眠る準備が出来上がってしまった。
 ほとんど閉じた瞼を震わせ、辛うじて開いた隙間すら力なく塞がろうとしていた時、
「兄貴の初めての男って、どんな奴だった」
 スッと後頭部から背中にかけて冷気が走り、エドガーの目がぱっちりと開いた。
 つい先程までのぼやけた表情は消し飛び、眠気とは違う鋭さで目を細めたエドガーは、ため息混じりに呟き返す。
「……またその話か」
 呆れ具合を口調にはっきりと滲ませたエドガーを、マッシュは真剣な眼差しで見つめている。引く気配がないことを悟ったエドガーは、より深く大きな溜息をわざとらしく漏らした。
「それをお前が聞いて何になる。大体、前にも話しただろう」
「今知りたいから聞いてるんだよ。前に聞いたかどうかは関係ない」
 すぐには返答できなかったエドガーが再び溜息で間を持たせる。程よく火照っていた身体の汗が冷え始めて、肌寒さを感じたエドガーはマッシュの腕の中で身動ぎし、そのまま背中を向けた。
「……、……優しくて生真面目な男、だ」
「それから?」
「……。強くて、逞しい。見目も良い男だ。もういいだろう」
 エドガーを捉えているマッシュの腕が硬くなる。やんわりとではあるが締め上げられる感覚にエドガーが息苦しさを覚えると、エドガーの髪に顔を埋めたマッシュがボソリと呟いた。
「……兄貴が嫌なら今日はよすけど。本当は、根掘り葉掘り聞きたい……」
 低く掠れた声が耳のすぐ傍で聴こえて来て、エドガーの背中が甘く粟立つ。まるで拘束するかのようにしっかりとエドガーの身体に絡めたマッシュの両腕には、冷えた身体に熱を甦らせる力強さがあった。
 エドガーは肩を竦め、身体を捻ってマッシュの方へ顔を向けた。枕元のランプ以外は灯りを落としているためはっきりとは見えないが、凛々しい眉の間に皺を寄せて不安とも怒りともつかない瞳の揺らぎを確かに感じたエドガーは、そっと手を伸ばして髭がザラつく頬を撫でる。
「……セックスはお前の方が上手い」
 吐息混じりに囁いた途端、一瞬大きく見開かれたマッシュの目に炎が揺れたのをエドガーは見た。
 荒い所作で掻き抱かれたエドガーの背はシーツに沈み、何か言おうと開きかけた口は噛み付かれるようにマッシュの唇で塞がれた。
 捻じ込まれた舌の圧を受け入れながら、先程は濡れていた背中が今はさらりと冷えているのを手のひらで確かめて、エドガーはマッシュの身体を抱き留める。
 抱え上げられた脚の付け根にマッシュが再び指を押し込み、息を詰まらせたエドガーは顎を上げた。すでに充分解れていたその場所は、何の抵抗もなくマッシュの節くれだった指を根元まで呑み込む。
 グイグイと掻き回した指を余韻なく引き抜いて、マッシュは細く長い息を吐きながらエドガーを見下ろした。その険しい眼差しに宿る嫉妬の炎に魅入られたエドガーは、恍惚として目を細める。

 ──初めての男はお前だと言ったら、お前はどんな顔をするだろうか。

 騙したつもりはなかった。何のことはない、初めての夜にエドガーの数倍はマッシュに余裕がなかったせいで、マッシュが勝手にエドガーは経験済みだと早合点したのだ。
 問い詰められた時に、否定をしなかったのが悪いと言われてしまえばそれまでだった。しかしあの時、マッシュの嫉妬に狂った瞳に射抜かれたエドガーは、甘やかされて愛される瞬間とは別の興奮を覚えてしまった。
 嘘をついている訳ではない。あの夜のマッシュは優しくて真面目で、逞しい身体でひたむきにエドガーを愛してくれた。ただ、今のマッシュはあの時よりセックスに慣れて、優しさだけではない強引な魅力も持ち合わせている。
 事実を告げてしまえば、幼い頃から穏やかに凪いでいた青い瞳に狂気が燃えることはないのだろう。それを物寂しく思う卑俗な感情を捨てられない。
 愛憎のままに滅茶苦茶に抱いて欲しい。
 濁った炎が揺らめく瞳を眼に焼き付けて、エドガーは瞼を閉じて身体を開いた。

(2019.3.22)