コンコンコン、と騒がしいノック音に目を細めたエドガーは、卓上に準備していた二つの包みを手に取って音の出所に近づいた。 ノックはドアの至る所から聞こえてくる。複数人から遠慮なしに叩かれるドアを案じて、エドガーは微笑みながら不躾な来訪者を招くことにした。 「どうぞ」 言うなり乱暴に開け放たれたドアの向こう、大きなつばを広げた黒い三角帽子を被ったリルムと白い布にすっぽり包まれたガウ、その二人の後ろで獣の耳を頭につけたマッシュがにんまり笑って立っていた。 見れば子供たちの手にはすでに複数の包みが握られている。いくつかの部屋を訪ねた後なのだなと納得し、エドガーは緩む口元をさり気なく右手で覆って、左手に持った包みは背中に隠す。 小さな声でせーの、と囁き合った三人は、深く息を吸い込んで目の前のエドガーに声を張り上げた。 「トリックオアトリート!」 「お菓子くれなきゃイタズラするぞ!」 「がう!」 思わず耳を塞ぎかけたエドガーは、微笑を苦笑に変えて降参したように肩を竦める。 「これは賑やかなお客様だ。お菓子をあげるから悪戯は勘弁してくれないか」 そう言って、魔女に扮したリルムとゴーストに扮したガウの手のひらにサウスフィガロで購入していたチョコレートの詰め合わせを優しく置いた。 二人はその重みに目を輝かせ、弾んだ声でエドガーに御礼の言葉を伝える。どういたしましてとにこやかに首を傾げたエドガーは、彼らの後ろで同じくらいにこにこと満面の笑みを浮かべている大きな身体の男に目を向け、呆れ気味に溜息をついた。 「お前の分はないぞ」 「はは、分かってるよ」 「面白い耳飾りだな。狼男か」 「ああ、ストラゴスが作ってくれたんだ。似合うだろ? 二人に付き合ってみんなの部屋回ってたんだ」 歯を見せて笑うマッシュの子供っぽい笑顔にエドガーが吹き出す。笑い合う二人をよそに、この場で包みを開いて中に手を突っ込む勢いのガウをリルムが窘めていた。 「お行儀悪いよ。あと傷男のところで最後だから、お菓子ぶんどったら談話室で食べよ!」 「がう! そんならはやくいくぞ!」 ぴょんぴょんと跳ねるガウは別れの挨拶もそこそこにエドガーの部屋を出ようとする。それを押し退ける勢いでリルムも駆け出し、ヒラヒラとエドガーに手を振って廊下にその身を躍らせた。 そんな二人に続こうとするマッシュの背の布地がふいに後ろに引っ張られる。キョトンとして振り返ったマッシュの目線の先に、やや膨れ気味の頬でムスッと睨んでいるエドガーの顔があった。 「お前、何処行くつもりだ」 辺りを憚るような小声の追求の意味が分からず、マッシュは困惑して小首を傾げる。 「何処って、次はセッツァーのとこに……」 「お前の分の菓子は用意してないんだぞ」 「? う、うん」 「……悪戯、するんじゃないのか」 「……あっ……」 パタンとドアが閉まる気配でガウが振り返る。 マッシュが廊下に出て来ないことを不思議に思って中へ声をかけようとしたガウは、今し方閉まったドアから鍵をかける音まで聞こえてきたことに驚いて瞬きをした。 「ガウ、先行くよ〜」 離れたところから響いたリルムの呼びかけにハッとしたガウは、これまで貰った菓子の包みを大事に抱えて声の方向へ慌てて駆けて行った。 ドアは朝まで開くことはなかった。 |