まだ寝たくないと言ったのは貴方の癖に、仰向けに横たわる汗ばんだ腹の上に遠慮なく乗っかって、人の顎髭やら鎖骨やら腹筋やらをひとしきり弄り倒して満足したのか胸を枕に先に寝息を立ててしまうなんて、なんて自由で可愛らしいのだろうと小さな溜息をつく。
 失敗したなと思ったのは、ぴったりと肌を合わせて俯せに乗られてしまったので、素肌を晒した背中を冷やさないよう毛布を手繰るために身を起こせないことだ。
 いくら寝息に乱れがなく深い眠りに落ちていても、身体が傾けば敏い貴方を起こしてしまうだろう。気持ちの良さそうな呼吸を耳に、せめて少しでも温められるように滑らかな背から腰を優しく撫で続ける。
 意識を落とすほんの寸前までは冗談めかした軽口を叩いていた。更にそれから少し前は酸素を求めて絶え絶えに喘いでいた。今は静かに膨らむ背中のリズムに合わせて穏やかな寝息を漏らしている。
 酷く耳に優しい音だった。城内の人間が寝静まった夜半、時計の控えめな秒針の音すら邪魔だと感じるほど、いつまでも聴いていたい柔らかな息の音だった。
 湿った呼気が肌に触れるたび、汗が冷やされ腰からぞわりと寒気が上る。その感触さえ甘やかに感じる自分が可笑しくて、思わず声を殺して笑みを零した。
 闇の中、暖かな重みを全身に受けて模様も見えない天井を見つめる。
 ランプをつけたままにしておけば、少し目線を下ろすだけで胸に蹲る美しい金色の頭髪が見えただろう。
 輪郭程度しか見えない闇の中で、温もりを抱きながら目に焼き付けている姿をひとつひとつ蘇らせた。笑顔、思案顔、膨れっ面や悪戯っぽい目、扇情的な唇と欲に溺れる濡れた眼差し。
 今胸の上にあるのは、きっと想像通りのあどけない寝顔。驚くほど子供っぽくなると以前本人に伝えたら、お前も同じだと返された。
 左手で身体を温めながら、右手を長い髪の隙間に差し込む。この右手でリボンを解いた。髪からするりとリボンの端が抜ける時、貴方はいつも擽ったそうに小さくはにかむ。その顔と、束ねられて整っていた艶がはらりと広がる瞬間を見るのがとても好きだ。
 髪の一本一本を指に絡めるのが好きだ。指を入れる度に香油の香りが立ち昇るのが好きだ。冠を戴くに相応しい頭を撫でるのが好きだ。
 この身に受け止めている存在の髪の一本から足の爪先まで、何もかもが愛しさそのものだ。触れ合う肌からじんわり滲む汗も、寝息で揺れる空気すら愛しい。
 こんな夜が永遠に続けば良いのにと思う。
 誰の邪魔も入らず、重なった身体の影はまるでひとつの生き物のように輪郭を浮き上がらせるだろう。
 夜明けが来れば、今は閉じている瞼の向こうから美しい青の瞳が見つめてくれる。その瞬間を待ち遠しく感じながらも、ひとつになった身体を抱いて優しい寝息をずっと聴いていたい。
 他の誰でもない、ただ一人自分とだけ貴方が時を共有するこの夜を、長く永く過ごしていたい。

 今はまだ、寝たくない。

(2019.12.12)