マエド365題
「2.歳の数だけ」
(使用元:TOY様 http://toy.ohuda.com/ ご自由にどうぞ365題)


 軽快なノックの音に、机を並べて座っていたエドガーとマッシュ、その二人の前に立っていた彼らの乳母フランセスカは同時にドアに顔を向けた。
 フランセスカが返事をしようと口を開ける前にドアが勝手に開き、にこやかな笑みを浮かべたフィガロ国王でありエドガーとマッシュの父親であるステュアートが現れる。ぱあっと顔を輝かせた双子の兄弟に対し、フランセスカは苦々しく眉を顰めた。
「やあ私の可愛い息子たちよ、お勉強は進んだかな」
「陛下」
 ステュアートの声を遮るように、フランセスカが低く圧を込めて呼びかける。ステュアートは笑みのまま眉を下げ、フランセスカに忖度を求める目配せをした。しかしフランセスカは引かず、小さく咳払いして毅然と王の前に歩み出る。
「エドガー様とマシアス様は神学の授業中です。お控えください。それに、書類が山積みだと伺っておりましたが」
「ほんの少し子供たちの顔を見に来ただけじゃないか……、書類はまあ、後で何とか」
「急ぎのものも多数あると聞き及んでおります」
「厳しいなあ」
 詰め寄るフランセスカと弱り切ったステュアートの攻防を、小さな兄弟はぽかんとして見守っていた。
 ふと、エドガーが何かに気づいてマッシュを小突く。マッシュはエドガーが控えめに指差した方向を見て、ステュアートが後ろ手に持っている包みに気づいた。
「もう、朝から晩まで書類書類書類で気の休まる暇もない。たまの息抜きに可愛い我が子とほんのちょっと触れ合うくらい見逃してくれてもいいだろう!」
「そうは申されましても、大臣から陛下がお越しの際は早々にお戻りになるようにと厳しくお託けを──」
 王らしからぬ駄々をこねるステュアートに厳しい態度を崩さなかったフランセスカだったが、ふと幼い兄弟がキラキラと目を輝かせてステュアートの後方を見ていることに気がついた。瓜二つの愛らしい顔がじぃっと見つめるものが何なのか理解し、溜息をついたフランセスカは呆れて肩を竦める。
「……では、その包みの中身をお二人にお渡しになるくらいは目を瞑りましょう。まだお夕食前ですから、あまりたくさんは困りますが」
「ああ流石フランセスカだ、話が分かる。さあお前たち、こちらへおいで」
「大臣が胃を痛めておいででしたよ。抜け出すのは程々になさってください」
 フランセスカの小言を聞いているのかいないのか、駆け寄ってきた双子の兄弟をそれぞれ両腕で抱き寄せたステュアートは、柔らかい二つの頭髪に顔を埋めて満悦の笑みを浮かべる。
 マッシュは父王の鼻息を擽ったがり、エドガーは自身の背に当たる包みの中身が気になって仕方がない素振りを見せた。
「エドガー、この前のゼンマイ仕掛けのオルゴールはよく出来ていたぞ。今度はもっと難しい課題を出さないとな」
「ありがとうございます、ちちうえ」
「ああ、今日は顔色がいいな、マッシュ。少し腕が太く逞しくなったんじゃないか?」
「ちちうえ、ほんと?」
「ああ、本当だ」
 膝をついて二人に目線を合わせ、優しく微笑んだステュアートは満を持して背に隠していた包みを出す。エドガーもマッシュも頬を紅潮させ、しかしはしたなく騒いだりはせずに行儀良く背筋を伸ばし、かつソワソワと父からの贈り物を待っていた。
「夕食の前だったな……、そうだ、お前たちの年の数だけあげよう。二人は幾つになったんだったかな?」
 父の問いに二人は同じ顔を見合わせる。エドガーが即座にマッシュに含みのある眼差しでウィンクを送り、父へと向き直って口を開いた。
「むっつになりました、ちちうえ」
 その回答にマッシュがギョッとして口を開ける。が、隣のエドガーがウィンクを繰り返すのが横目に見えて、困ったマッシュはそのまま俯いた。
 ステュアートはにこにこと微笑み、二人の頭を順番に撫で、「そうかそうか」と頷いて包みに手を入れる。そして差し出された小さな手に、可愛らしい砂糖菓子をそれぞれ五つずつ置いた。
 エドガーとマッシュは手の中の砂糖菓子を数えてキョトンとする。高らかに笑ったステュアートは、もう一度二人の頭をぐしゃぐしゃと撫でて身を翻した。
「では二人を頼んだよ、フランセスカ」
 フランセスカの恭しいお辞儀を背に、ステュアートが扉の向こうへ消えていく。パタンとドアが閉まってから、唇を尖らせたエドガーがぽつりと呟いた。
「……むっつっていったのに」
 それを聞き咎めたフランセスカが吹き出した。
「陛下がお二人のお年をお忘れになるはずがございませんよ。誰よりも貴方たちのことをよく知ってらして愛してらっしゃる」
 乳母の宥めにも納得のいかない顔で、エドガーはむくれたまま砂糖菓子をひとつ口に入れる。兄と乳母を交互に観察していたマッシュは、エドガーがつまみ食いを咎められる様子がないのを見て自身もひとつ口に含んだ。
 口の中でほろりと崩れて甘みが広がる。
 画策の甲斐なくもらえた数は期待より少なかったが、大好きな父からもらった菓子は何よりも美味しかった。



「……今なら三十個もらえるのか」
 琥珀色の水面が揺れるティーカップに添えられた可愛らしい砂糖菓子を摘み、ぽつりと呟いたエドガーの言葉を耳にして、マッシュは注ぎ終わった自身のカップから顔を上げる。
「何の話だ?」
 ポットを置き、湯気が立ち上る紅茶の中に砂糖菓子を二つぽちゃんと入れたマッシュを見てエドガーは目を細め、ふふっと小さく笑った。
「どうしたんだよ」
「いや、我ながらずる賢い子供だと思ってな」
「?」
「お前、覚えてるか? 子供の頃、勉強中に親父が部屋までやってきて──」
 ひとつ、ふたつと砂糖菓子を紅茶に落としながら、懐かしい思い出話に花が咲く午後のひととき。

(2020.01.08)