「ねえ、あれ何かしら」 ゾゾ山にて再会したカイエンが合流することになり、次なる目的地目指していざ山を降りようという時だった。 セリスが指差した先を見たマッシュは、カイエンがいた部屋の隅に置かれた宝箱に気づく。 「宝箱みたいだな」 「持って行かなくていいのかしら?」 すでに居室を出て先に進んだカイエンの姿はこの場になく、セリスが心配そうに出口の方を振り返った。 「どれ」 近づいたマッシュが宝箱を手に取り、それなりの重量があることを確認する。 「何か入ったままだな」 「カイエンを呼ぶ?」 「呼び戻すのも悪いし、中身だけ持って行ってやれば……って、鍵掛かってるな」 「鍵……? あっ、そういえばさっき外で光るものを見つけたわね。取ってくるわ」 セリスが小走りに去るのを見送ったマッシュは、やれやれと重い宝箱を地に下ろす。ゴトンと音を立てたその衝撃で錠前が揺れ、掛かっていたはずの鍵が外れかけたのを見て、マッシュが瞬きをした。 軽く力を込めて錠前を引っ張ると、鈍い音を立てて鍵は呆気なく外れた。手間が省けたと躊躇いなく開いた箱の中から現れたのは数冊の本だった。 「なんだこれ……? 『誰にでもわかる機械』……『マンガでわかる機械』……? ははっ、カイエンのやつ機械オンチなの気にしてたのか」 カイエンがうんうん唸りながらこの本を開いて勉強している姿を思い浮かべ、微笑ましさに綻んだマッシュの顔が最後の本を見て固まった。 ──『ちょっとエッチな本』── 「マッシュ、鍵あったわよ!」 背後からかけられた声にビクリと肩を竦めたマッシュは、咄嗟にちょっとエッチな本を機械の本の下に隠す。 「あら、鍵開けられたの?」 「あ、ああ、外れかけてて」 「何? 何の本?」 マッシュは顔を引きつらせ、束ねた本を自分のシャツの中に無理矢理突っ込んだ。 「き、機械の本だったよ。カイエン、一人で勉強してたみたいだ」 「まあ、カイエンったら」 「あ、後で渡しとくよ。さ、俺たちも山降りようぜ」 セリスは不自然に角張って膨らんだマッシュの胸を不審そうに眺めながらも頷いた。 飛空艇にて、割り当てられた自室に帰り着いたマッシュは服の中から温められた本の束を取り出し、大きく溜息をついた。 壁際の机上にどさっと置いた本を恨めしげに睨んで、さてどうするかと腕を組む。 人前でカイエンに渡す訳にもいかずここまで持って来てしまったが、何と言って渡せば良いか。手渡されてもカイエンにとっては気まずかろう。 後でこっそり部屋に置いてくるかな、などと考えていた時、ドアをノックする音がした。 「マッシュ、ちょっと力仕事手伝ってくれ!」 声でセッツァーだとすぐ分かったマッシュは、本のことは後で考えようと決めて「今行く!」と返事をし、バタバタと部屋を後にした。 それから五分後、コツコツと靴音を鳴らして現れたエドガーがマッシュの部屋をノックした。帰艇を確認しての来訪だったのだが、返答がないことを不思議に思ってドアノブを握る。 「マッシュ? いないのか?」 室内には見慣れた顔はなく、がらんとした質素な景色を見てエドガーは肩を竦めた。 鍵が掛かっていなかったのだからすぐ戻るだろうと壁際の椅子に向かい、傍の机に置かれた本に目を留める。 「……? 『誰にでもわかる機械』……?」 エドガーは一番上の本を手に取り、タイトルを読んで小さく笑った。 ──なんだ、あいつ。俺に聞けばいいのに。 もしや十年城を出ている間に失われた知識の補充に努めているのだろうか、と弟の密かな努力に胸が熱くなるのを感じながら、その下に積まれた本も一冊ずつ確認していった時。 最後の本の表紙とタイトルを見てエドガーが硬直した。 ──なんだこれ。 これは見過ごせないと険しい表情でページをめくり、顔は赤く目は白黒させて中身のチェックを終えたエドガーは、本を元通り機械の本の下に挟んで天を仰いだ。 ──こういうのが好きだったのか──…… 沈痛な面持ちでしばらく目を閉じていたエドガーは、やがて決意を込めた眼差しで前を向き、勇んで部屋を後にした。 その夜、部屋に女豹のポーズで待ち構える兄がいることなどマッシュは知る由もない。 |