濡れた髪からぽたぽたと水滴が落ちる様を、鏡越しにぼんやりと眺めていた。 時折無意識に行う瞬きで一瞬消えた姿は、瞼を開くとまた同じ表情で現れる。表情と言って良いのだろうか、鏡の中の自分はただ目と鼻と口があるだけで何とまあ味気のない顔か。 砂漠の泉と言われる青い瞳も太陽と謳われる金色の髪も、そこにあるだけでは何の感動もない。目鼻立ちが整っているせいで無の表情が機械のようにすら感じる、などと思っていると、ふと頭からふわりと柔らかなタオルが掛けられた。 身体の横から伸びてきた腕にぎゅっと背中から包まれて、鏡の中の自分の隣にもう一人の自分が現れる。鏡越しでも温もりを感じる笑顔。同じ目鼻立ちでありながら、生き生きとした逞しさと力強さがそこにあった。 「風邪引くぞ」 低く優しい囁きと共に、背中から熱がじんわり全身に染み渡っていく。身体が冷えていたことにそこで初めて気づき、心地良さに浸って黙って抱き締められていた。 ふと鏡を見ると、無だったはずの自分の顔に色が付いている。白い陶器のようだった肌に赤みがさし、瞳に潤いと輝きが表れていた。大きな手がタオルの上から濡れた髪を撫でた後は、心成しか金色の髪に艶が増したようにも見える。 自然と笑みが産まれた唇はこんなに鮮やかな紅色だっただろうかと、豹変ぶりに我ながら驚いてまた笑った。 「何、鏡なんてじっと見てたんだ?」 タオルがはらりと取り除かれ、乱れた髪を無骨な指が掻き上げてくれた。鏡から目を離し、隣にある優しい眼差しを見上げる。 「お前が来るのを待ってたんだ」 きっと鏡を覗いたに等しいほど同じ顔で向き合っているに違いない。 なんだそれ、と笑った同じ顔は冷えた身体を正面から抱き締めてくれた。胸に顔を埋めて目を閉じると、温められた血が身体の中を巡って生気が漲っていくのが分かる。 ──お前がいて、初めて俺は人間らしく生きることが出来る。 鏡の中から迎えに来てくれたもう一人の自分へ、愛と感謝を込めて同じ強さで抱き返した。 |