古道具屋で掘り出し物を見つけて機嫌良く飛空艇への帰路を辿ろうとしていた時、同じく艇に戻る途中らしい双子の兄弟と出くわした。 「やあ、セッツァー。君も買い物か」 無駄に周囲に花を散らせたような煌びやかな愛想笑いを振り撒く、胡散臭い優男が兄のエドガー。 「飛空艇に戻るのか?」 朝晩の冷え込みが厳しくなってきた季節だと言うのに袖無しの服を着て逞しい肩を晒す、暑苦しい筋肉質の男が弟のマッシュ。 十年離れて暮らしたとかで、育った環境の違いからか双子の割に体格差はあるが、笑った顔など瓜二つで正直気味が悪い。おまけにいつでも何処でも一緒にいる。 セッツァーは密かに舌打ちした。彼は双子がただの仲の良い兄弟ではない、それ以上の関係であることを仲間内で知るただ一人の人間である。それを良いことにまるで遠慮のない二人の態度は何度となくセッツァーを苛立たせているのだが、双子の兄弟にはその自覚が無い。 「丁度良い、ファルコンまで一緒に行こう」 「荷物持ってやろうか、セッツァー」 「遠慮するよ」 先のエドガーの言葉に対しての返事だったつもりなのだが、それではと二人はセッツァーの後ろからひょこひょこ付いて来る。セッツァーは大いに落胆し、どうせなら荷物を持ちやがれと口の中で悪態をついた。 ふと、セッツァーの頬に水滴が当たる。土にぽつぽつと染みが出来始めて、見上げれば雨の線が何本も空から落ちて来ていた。 ものの数秒で激しい音を立てて降り出した雨の勢いに、思わず後ろの双子と顔を見合わせる。 「えらく降ってきたな」 「この勢いじゃ飛空艇に着く頃にはずぶ濡れだぜ」 その意見には同意だったため、仕方なくセッツァーは彼らと並んで古道具屋の軒先に立った。にわか雨だろうとタカをくくっていたが、雨は弱まる気配がない。 その時、見かねた古道具屋の主人が傘を差し出してくれた。天の助けと振り返った三人が見たのは二本の傘。 マッシュはエドガーを見て、エドガーはセッツァーを見た。セッツァーは渋い表情で二人から目を逸らす。 「……君が一本使うといい」 エドガーがさらりと言って傘の一本をセッツァーに差し出した。隣でマッシュが納得したように頷く。 「うん、俺は走ってくからいいよ」 「馬鹿言え、いくらお前でも濡れ鼠だ。俺と一緒に傘を使えばいいだろう」 「でも、俺デカイから」 「大丈夫だ、さあ行こう。あまり遅いとレディたちが心配する」 セッツァーに片方の傘を押し付けたエドガーは、もう一本の傘をマッシュに向けた。小さく笑ったマッシュは、傘を受け取って当然のようにエドガーに寄せて傘を開く。 嫌な予感に襲われたセッツァーは、無言で傘を開いて彼らに背を向け、速足で歩き出した。 「マッシュ、肩がはみ出るぞ。そっちにも寄せろ」 「兄貴が濡れたら困るからさ。風邪でも引いたら大変だ」 競歩のようなセッツァーの速度にも負けず、真後ろから双子の会話が聞こえてくる。 「じゃあ、もっとこっちに……」 「……これくらい?」 「ふふ……。そうだな、これくらい……」 「兄貴の髪、いい匂いする」 「こら、擽ったいぞ」 セッツァーの表情が暗くなっていく。元より細めの目が据わり、眉間の渓谷は険しさを増してピクピクと痙攣までし始めた。 「肩、少し濡れてる」 「おい、それじゃお前の手が」 「俺は濡れても平気だよ」 「……マッシュは温かいな……」 「……部屋に着いたら、もっとあっためるよ」 「……どうやって?」 「それは……」 耐え切れず振り向いたセッツァーは、キョトンとした双子へ自分が持つ傘を突き出した。咄嗟にエドガーが傘を受け取ったのを見届けてから、再び前を向いて全速力で走り出す。 ──あんな地獄に付き合わされるくらいなら自分が濡れた方がよっぽどマシだ── 髪を振り乱して駆けて行ったセッツァーを呆然と見送った二人は、お互いの顔と押し付けられた傘を順番に見る。 「……セッツァー、どうしたんだろ」 「さあ……、何か急ぎの用でも思い出したんだろうか……」 顔を見合わせた二人はその顔を微笑みに変え、エドガーはセッツァーの傘を閉じ、マッシュは改めて二人の真ん中に一本の傘を据えて、二人寄り添いながらのんびりと帰路を楽しんだ。 「セッツァー、おかえりなさ……ってずぶ濡れじゃない!」 「大丈夫だえーっくしょい!!」 その晩セッツァーは熱を出した。 |